夏の思い出
時間経過がばらばらでごめんなさい。
山川結、長谷田ももかの2人が小学6年生の夏、幼なじみの4兄弟の家族で盛大に花火大会をすることになった。
夏の花火大会はいつからか恒例行事。だが、来年は2人が中学生になる。きっと今までのようには集まれないと、子どもたちより親たちが張り切っている。
花火大会とは大げさだが、近くの公園が会場だ。それぞれの家から料理を持ち寄って、親たちは缶ビールや缶チューハイを片手に語らう。
子どもたちのこれからや、ご近所さんの噂、最近の出来事、他愛もないことばかり。けれど、子どもたちを理由にこうして話す機会も少なくなる。
当の子どもたちは思い思いの時間を過ごしている。
結とももかは花火もほどほどに好きな男の子の話に夢中だ。親たちに聞かれないように、レジャーシートの隅っこでこそこそと話をしている。
「で、ももちゃんどうするの?」
結が眼鏡の奥で大きな目をキラキラさせる。高学年になったころから結のトレードマークは丸くて大きな眼鏡で、遠視の結は眼鏡の奥の瞳は、結の実際のものより大きく見える。
ももかは好奇心たっぷりの結の視線に、小さく細い白い手で自分の頬を包む。
「好きって言うの?」
「うん。あ、でも、でも、でもぉぉ……」
顔と体がくねくねと左右に動く。暗い中でも白い肌が赤くなるのがわかるくらい照れている。
ももかは今恋愛中。相手は同じクラスの学級委員長。ただ、受験組だから一緒にいられるのはあと7カ月くらいだ。
小学校6年生でも「付き合う」ということばは知っている。ただ、一緒に登下校したり、一緒に出かけたりするだけ。でも、そうできたらどれだけ幸せなんだろう。
「ねぇ!」
くねくねしていたももかは何かを思い出したように、両手を自分の頬から結の両肩に置いて、結の目を見つめる。
「結ちゃんは好きな人いないの!?」
「へ?」
このタイミングで自分に話が降ってくるとは思ってなかった結は目を瞬かせる。そして、花火してればよかったと後悔する。
結とももかから離れたところでは、祐と悟を引き連れた皐月がねずみ花火に火をつけては地面に投げ、3人で声を上げている。
もちろん、2人に向かって投げているわけではないが、地面を滑るように回りながら進むねずみ花火に2人はことばにならない声を上げて、わぁわぁと騒いでいる。
さらに少し離れたところでは凛、さやか、葉月が花火を片手に何かを描くように水辺に向かって花火を振っている。
「ほら、ハート!」
花火の光の残像が目に残り、うっすらハートができる。凛がそうするのを見て、さやかも葉月も一緒にハートを描く。ハートに飽きたら星、星に飽きたら思い思いに光の残像で遊ぶ。
子どもたちもこの夏の花火大会でそろうのは最後だということはわかってはいたが、今その実感はない。ただ、ただ、この瞬間を思い切り遊ぶ。それだけ。
花火もひとしきり終わり、子どもたちが遊び疲れてきたところで、恒例の線香花火対決が始まる。
ルールは簡単。線香花火の炎が最後まで消えなかった人が勝ち。
こればかりは飲んでいた親たちも混じり、総勢16人の大きな輪が広がる。
それぞれ近くに置かれたろうそくで線香花火に火をつける。
「よーい、スタート」
誰かの掛け声もなぜか小声になる。落とさないよう、落とさないよう……。
線香花火の先がくるっと回り、赤い粒ができる。少し経つと、その赤い粒からは糸が散るようにさぁっと小さな音をたてて、光が舞う。そこからだ。赤い粒が地面に落ちてしまうのか、そのまま小さく黒くなってしまうのか。
子どもも大人もただただ自分の手から伸びる線香花火を見つめる。
光の舞に子どもたちから「わぁぁぁ」と感嘆の声が上がった以外は特に誰もことばを発しない。
粒が落ちた親や子は「あ~、残念!」などと声を出したが、残った線香花火を見つめる。
最後の最後、誰かの線香花火が残り、そして、小さく消えていった。まだ光として揺れている気もしたが、人の目にはもう何も映らない。
こうして、恒例だった夏の花火大会が幕を閉じた。
これからはそれぞれが、それぞれの道を進む。