第7話☆上院貴族と女中☆
コウキの主賓挨拶が始まると、菫は少し下がって壁の近くでコウキを見上げた。
堂々とした態度に軽く跳ねるような言葉遣いが、聴衆に笑顔をもたらし、明るい空気に包まれた。何となく愛されているんだな、という雰囲気が伝わってきた。
ふと菫に近づいてくる若い女性が目に入った。煌びやかな桃色のドレスに癖のついた長い髪を豪華絢爛に揺らして、菫に向かってニコッと微笑んだ。丸い目が細くなってキュートに映った。
一際目立つワタルの取り巻き、ルージュだ。
「あーらごきげんよう」
ルージュは菫の深緑のドレスを上から下まで品定めするように見たあと、勝ち誇ったように笑顔を見せた。
「ごきげんよう、ルージュ様」
菫も微笑んで挨拶を返す。
ルージュは、目の奥に妖しい光を湛えていた。
「まあ、下女がパーティー参加なんて、天界国も落ちたものね。ドレスもみすぼらしい。下女がみっともないわよ」
小さな声で、菫にしか聞こえないように言うルージュは、周囲からみたら和やかに話しているように見えたかもしれない。
女中がパーティーに参加していることを良しとしない、権力至上主義なのだろうと菫は察した。上院貴族の中でも、さらに爵位の高い貴族なのかもしれない。
天界国の爵位や階級など、倭国とは基準が違うので菫には判断がつかなかった。
菫は微笑みを絶やさずにルージュを見下ろした。菫の背の方が5センチ程高かったためだ。
「確かに、女中のわたしがパーティーに出ることは天界国の格を落とすのかもしれません。でも身分に関係なく出られるパーティーは、寛容な国だと他国からの評判は上がるかもしれませんね」
ニコニコとおっとりした口調で、のらりくらりとした意見を言ったためか、ルージュは怯んだように菫を睨み付けた。
「ふん、あなたのような下女が参加しているなんて、世界で一番発展した都会であるこの天界城の格が落ちるわ。これが終わったらすぐに出て行って荷物を纏め、田舎に帰る準備をなさい」
菫はその言葉を首を傾げて聞いた。口元の笑顔は絶やさなかった。
こういう権力至上主義の人が、菫が倭国王女だということを知ったらどういう反応をするのか少し興味があった。
「田舎に帰るというのは、ご命令ですか?」
「あたりまえよ。あなたみたいな下女がこの天界城にいるなんて、耐えられないもの」
「困ったな。まだ女中契約が残っているんですよね」
「そんなの知らないわよ」
2人のやりとりに気付いたのか、近くにいた白騎士団長、竜使いワタルがそっと声をかけてきた。
「今コウキが挨拶してるぞ。黙って聞けよ女中」
ワタルは菫に向かって視線を向けた。
ルージュはワタルが近くに来たため、可愛らしく謝る仕草を見せるとワタルの隣を陣取って肩にもたれた。
「そんなことよりワタル様。パーティーが終わったら私の屋敷にいらっしゃいません?」
「は?」
隣でワタルとルージュがうるさかった。ワタルは突拍子もない声を出して慌てているので、少しおかしくなって菫も笑ってしまった。
「行きません。明日も出勤なので、騎士塔の自室で寝泊まりするのが一番ですから」
「そんなこと言って、紫苑の塔で遊んでいらっしゃるのでしょ? お兄様も騎士団長はみんな適度に遊んでいるとおっしゃっていましたわ」
ふと菫が『紫苑の塔』という名に気を取られ思わず二人を見ると、ワタルが頬を赤らめて困惑しているところだった。
「おれは遊んでないです。リョウマと一緒にしないで下さい」
「それなら是非我が家にいらして。お兄様も家に帰るとおっしゃってたから、一緒にカラムの町に来て? ねえワタル様」
「行きません。明日に備えてすぐ寝ます」
長く艶やかな髪を靡かせたルージュが残念そうにワタルを見上げる。
ワタルは純白のスーツのネクタイを直していた。
うっとりとワタルをみていたルージュだが、会場を見渡すとため息をついた。
「パーティーだというのに、今日も騎士団長全員揃っていませんのね。団結力がないわね、うちの騎士団長は」
ワタルの腕に手を絡めながら、ルージュは憤慨したように言う。
「耳が痛いですね」
「あっ、ワタル様はもちろん違うわ。御雷槌様やカルラ様はいつもパーティー不参加だな、と思いまして」
「仕方ないです。あいつらは空中楼閣と死の監獄に駐屯していますからね。仮にパーティーを断っても咎められない立場です」
菫は騎士団長が別の場所に駐屯していることを心にとどめた。
それから間もなくして壇上で挨拶していたコウキが戻って来て菫の隣に立った。
菫は慌てて笑顔を作ると、コウキに向かって微笑む。
「おかえりなさいませ。素敵なご挨拶でした」
「そう? ありがとう。パーティー、楽しもうか。ダンスもあるから誰かと踊っておいで」
「え……コウキ様は踊らないのですか?」
「うん、俺は踊らない。飲んで食べるだけ。もし菫が踊りたいなら行ってきな」
機嫌良くコウキは菫に笑顔を見せた。
騎士団長の誰かが体に青い薔薇の刻印をしており、その魔人が茨の塔に幽閉されている竜神女王に会える鍵を持っている。
噂では竜神女王の顔は軍師天満納言と青薔薇の刻印の主しか見たことがないらしい。
菫はどうにかしてコウキやワタルの裸を確認できないか、考えていた。
ルージュの兄=赤騎士団長リョウマです。
父のコテツは、赤騎士団長を引退しています。
その後部下である赤の他人、女性騎士ミラーが新赤騎士団長試験に合格。しかし半年後、ミラーは怪我で騎士団勇退。天倭戦争が始まる3年前にリョウマが赤騎士団長になり、現在に至ります。