第3話☆上院貴族ルージュ☆
それからというもの、白騎士団長ワタルを城内で見かける確率が高くなった。
というより、いつも貴族女性たちを数名から数十名引き連れるように歩いているので、嫌でも目に入ってしまうのだ。
女中が掃除をしていてもお構いなしに貴族女性たちは床を汚したり、強い香りを残して行くため、マナーが良くないと女中の間ではワタルガールズの評判は非常に悪かった。
見ていて気付いたのは、とりわけルージュといういつも素敵なドレスを着ている貴族女性の存在感だった。
ルージュは貴族女性と並んでいても、仕立ての良いドレスと一目でわかるくらい、高級そうなドレスをまとっていた。
ツンと鼻を上に向けて歩く様は、まるで人形のように可憐で高貴だった。
赤い宝石を着けた髪飾りは、昔の魔界のお姫様みたいに風格があった。
ルージュはワタルのことが大好きのようで、ワタルを城内で見かけたらすぐに駆け寄って話しかけた。
「ワタル様、そろそろ凱旋パーティーのパートナー、決まりましたか? 上院貴族のこの私、ルージュを連れていたら、ワタル様の格式も上がると思いますの。ワタル様は……その、平民出身の家系とお聞きしたので……」
言いづらそうに平民と言ったルージュだが、ワタルは平然と頷いた。
「平民というより、貧民です。家も天倭戦争で焼け、家族も失いました。その後運良く白騎士試験に合格して団長になりましたが、もう家も何もない、天涯孤独のただの貧民です。おれと上院貴族のあなたでは、パートナーとして釣り合いが取れません」
ルージュに堂々と言うワタルの礼儀正しさに、菫は驚いて調度品を拭く手を思わず止めた。
「階級なんて関係ないですわ! 私がワタル様を1人の魔人としてお誘いしたいのです。お願いします、私をパートナーにして下さいませ。今回、カボシ姫は外遊で遠方にいるので、いつものようにワタル様がパートナーにならなくても良いのですから」
カボシ姫とは、天界国王の愛娘、カボシ王女のことだろう。パーティーではいつもワタルがカボシ姫のパートナーになっていると聞き取れた。
「いえ、おれは……」
「まあ、そこの女中。その花瓶は私のお母様が天界城へ献上した花瓶よ! もっと丁寧に拭きなさい」
花瓶を拭いていた菫は、驚いて顔を上げた。さきほどワタルと話していたルージュが、菫を見て目を吊り上げていた。
「申し訳ございません。拭き直します」
「これだから女中はイヤなのよ! 貧民のくせに上院貴族の花瓶を拭くなんて。汚い手で拭いたら汚れちゃうじゃない!」
ルージュの高い声が菫の頭にキンキンと響く。菫は頭を下げて怒りが収まるのを待つ。
「そーか。貧民は貧民同士、パーティーに出られるのか」
ワタルがふと甘い美声を響かせた。
「そこの女中、おれと凱旋パーティーに出ないか? 貧民は貧民同士、仲良くパートナーになろうぜ」
菫が顔を上げると、ワタルがこちらを見てニヤニヤと笑っていた。菫に対して言った言葉だとルージュも気付いたのか、ルージュは悲鳴のような叫び声を上げていた。
「いえ、わたしはただの女中ですのでパーティーに参加はできません」
なるべく顔を見られないように頭を下げて言う菫に、ルージュは勝ち誇ったようにワタルの腕にしがみついた。
「そうよ、ワタル様には高貴な家柄の貴族がお似合いだわ。女中はマナーやモラルもなっていないし、せいぜいお兄様の夜伽相手にされて捨てられるのがお似合いよ」
ワタルは困ったように腕を引いていた。貴族女性相手ともあり、無碍にできないのだろう。ワタルはあまり騒がれるのは苦手なんだろうな、と見てすぐにわかるのに、ルージュはこれ見よがしに賑やかなので、ワタルの趣味の女性ではなさそう……と菫は思っていた。
「ワタル様が下女とパーティーなんて我慢なりません! 私のような上院貴族と出るのが格式ある天界国のパーティーよ。ワタル様、こんな下女を誘わないで下さいませ」
ルージュは甘えるようにワタルを見上げた。ワタルは小さくため息をつくと、菫をチラッと見た。
白騎士団長ワタルは、モテすぎてグイグイくる女性は苦手です。