第9話☆正体1☆
リョウマは菫を連れてこの町一番の高級レストランへと向かった。
すでに仮面はお互い取っていたが、まだスーツにドレス姿だったため、リョウマの計らいで予約なしのVIP席に通された。
天界城から呼び寄せた赤騎士団員たちがリョウマから裏帳簿と金塊を受け取り、双頭院逮捕に至った。
レストランの個室で2人きりになると、リョウマは小さく吐息をついてネクタイを緩めた。
その仕草が大人の色気に溢れており、菫は少しテンションが上がった。
「ようやく終わったな」
菫はリョウマを見上げて、手を拭きながら頷いた。
「双頭院派は大人しくなるでしょう。ただ、わたしに貧民街を買わせて下さい。貧民街の土地はわたしに任せてほしいのです」
「ああ、いいぞ」
リョウマはあっさりと頷いた。
「元々魔界領域外にしてしまった土地だ。町にきちんと金を払えば、貧民街はお前の好きにしていっていい。例えば……新生倭国にするとかな」
リョウマが試すように菫を見据えながら言うと、菫は肩を竦めて笑った。
「気付かれましたか」
「ああ。お前は滅んだ倭国の財政に関わっていたんだろう? 余程信頼されていたんだな。その湯水のように溢れ出る金は、国庫なのだろう。財務か、外交か……いや。外交なら俺たち天界国側に顔が割れているはずだな……何の役職だったんだ?」
菫は途中からおかしそうに口元を押さえてクスクスと笑い始めた。
「まずは倭国民というのは当たっています。3年前戦災し、最近天界国に来て士官試験を受けました」
「そうか」
リョウマは何を言っても軽い気がして、頷くだけに留めた。こんなぼんやりした女中でも大変な苦労をしていたんだな、と妙に納得する。
「財政は……任されてはおりませんでした。ただ国民のみなさんが暮らしやすいように考えてはいました。わりと自由に動ける立場でしたから。1番考えていたのは、失業率を下げることと、経済を回すことでしたね」
「ほう? 経済大臣か?」
「……いえ、王女と呼ばれる立場でした」
「……え」
リョウマはギクッと硬直し絶句すると、笑顔の菫を見て微動だにしなくなってしまった。
「王女……だと?」
「はい。わたしもお母様みたいに捕虜にされちゃう?」
心配そうに上目遣いをすると、リョウマは固まったまま絞り出すように声を出した。
「まさか……竜神女王は……」
「母です。返してくれます?」
「そんな……」
リョウマは菫の声が聞こえないかのように呆然としていた。
「あと、国庫は少し違います。わたしが働いて貯めたお金から出しました。少し……色々事業をやっていたので」
「そ……」
「そ?」
固まったままのリョウマの掠れた声に、菫は首を傾げて反芻する。
「その……色々……ご無礼を……」
リョウマは片膝を付いて菫に頭を下げた。菫はそれを予想していたかのように笑い、リョウマの肩に手を置く。
「顔を上げて下さい。もう王女の肩書きはないに等しい。戦争で国民を守れなかったわたしなんかに頭を下げる必要はありません。前のように振る舞って下さい。あ、でも、叩いたり乱暴に扱ったりは、しないでね」
「は……かしこまりました」
顔を上げてなんとも言えない表情をしているリョウマに、菫は微笑んだ。
「偉そうにしている方がリョウマ様らしいですよ」
「いえ、しかし……俺は、戦争であなたの父上を……殺して……」
「いいの。あのときは戦争でしたから。リョウマ様は天界国の命令を受け、仕事をきちんと遂行しただけ。ほんと、王女だとばれちゃうから顔を上げて、ね? ありのままのあなたでいて下さい」
リョウマは顔を上げると、菫を目を細めて眩しそうに見た。
菫はリョウマを優しい眼差しで見つめている。
まるで親の仇とは思っていないような、慈愛に満ちた眼差しだった。これが王女の包容力か、とリョウマは妙に感心した。
「権力至上主義のリョウマ様だから話したの。天界国の皆さんにはわたしの正体、秘密にしてね」
正体をバラしても権力至上主義のリョウマなら、きっと菫の立場を尊重するはず。
そして少しお願いすれば青薔薇の刻印の有無を確かめさせてくれるかもしれない。
逆に言えばリョウマには今正体を明かさないと、今後夜伽や暴力を振るわれそうなことは予想が出来たため、自衛のためにも権力至上主義のリョウマには正体を明かそうと初めから考えていた。
もしこれでリョウマが天界国側に、菫が倭国王女だとバラしても、それはそれで竜神女王と人質交換してもらおうと思っている。
菫の存在自体が、天界国に対しての武器になることを菫はわかっていた。
倭国にとって、自分よりも竜神女王の方が必要とされていることもわかっていた。
「わかりま……いや、わかった。それがあなたのためならば、俺は喜んで正体を隠そう」
リョウマが吹っ切ったように頷いた。そして菫は自分の立場をしっかりと伝えようとリョウマに向き合った。
「天界国に潜り込んでいる形になりますが、敗戦国としての復讐は考えておりませんので、ご安心下さい。わたしの目的はただ1つ。母を奪還することです。天界国の皆さんを傷つけることは致しません。約束致します、信じて下さい」
「……はい」
「ですから、母を救うまでは天界国に潜り込むことをお許し下さい。もしリョウマ様の立場が悪くなるようであれば、また違う道を考えますが、いかがでしょうか」
リョウマはため息をついて頷いた。
「俺も協力致します。竜神女王を倭国に帰せるよう、極秘裏に動きます」
「え……嬉しい……いいのですか?」
「はい。元々俺は占いや予見等、目に見えないものは信じていない。竜神女王の夢里眼はどうも好きになれなかった。倭国側で引き取ってもらえれば、俺は満足だ。占いに左右されて行動の吉凶を決めるなど、言語道断。国王や天満納言はどうかしている」
「ありがとうございます。あなたのそういうところ、好きです」
満面の笑顔で言う菫を見て、リョウマはすぐに頭を下げた。
「身に余る光栄です」
「あの、わたしに忠誠を誓う必要はないのですから、そんなに遜らないで下さい。ちょっと態度が激変しすぎてドキドキしちゃう」
菫は戸惑ったように苦笑した。狂犬から忠犬になってしまったかのようなリョウマに、困惑してしまう。
「は……ドキドキ……ですか」
「うん、ドキドキ。辛辣だったリョウマ様が、突然甘くなったらドキドキするでしょ」
笑いながら言う菫に対して、リョウマは真剣な表情をしながら菫に向かって手を伸ばした。
優しい手つきで左頬にかすかに触れ、やがて手を下ろす。
「俺の立場の方が全然下ですから。本当に先程まで失礼なことばかりして申し訳ありませんでした」
「謝ってくださって嬉しいですけれど、そんな急に態度が変わっちゃうと、皆さんにバレちゃいます。ルージュ様たちが変に思うかも……」
「わかった。今後はルージュたちにもこちらに慣れてもらう」
「……こちら?」
リョウマは頷き、菫のそばにきてひざまずくと、菫の手の甲を持ち上げてキスを落とした。
「リョウマ様、なあに? くすぐったい」
「菫……様、天界国の騎士がひざまずいて手の甲にキスをする意味がわかりますか?」
「あ……ごめんなさい、不勉強で……わからないです」
戸惑う菫に対し、ひざまずきながら上目遣いをしたリョウマは、菫を見てフッと笑った。
「主君に忠誠を誓う合図です」
リョウマは心なしか低い声で、菫に向かって熱い視線を投げかける。
「まあ求愛の意味もあるがな」
「求愛って。リョウマ様ご結婚されてるでしょ」
クスクスと笑い、冗談を聞き流すかのように対応する菫に対して、フッと悪戯っぽく笑ったリョウマが、もう1度菫の手の甲に口づけをした。
「フッ、そうでしたね。ではこれは忠誠を。主君に忠誠を誓うキスです」
リョウマの目の色に熱っぽい温度があるようだったが、菫はそれに気付かないふりをして微笑んだ。
☆続く☆
リョウマが本気出したら女神も恥じらうと揶揄されています。
ただ、意外なことに強引には口説かず、好きになってもらうことを意識するようです。
野性的なイメージですが、相手の女性を尊重しながら恋愛し、好きになったら一途にその人を愛し抜きます。




