第6話☆品格と矜持☆
何なんだ、何なんだこの女は……
俺は楽しそうに笑顔と食料、金銭を惜しみなく貧民街の魔人たちに振り撒く下女……菫を呆気にとられて眺めた。
笑顔で自分になんの得にもならない施しをしている菫を見たら、狂っているとしか思えない。
こんな破天荒な女は初めて見る。
いや、そもそも振る舞いはむしろ奥ゆかしく、所作も優雅で美しい。
見た目もまるでそれこそ女神かと思うほど可憐で美しく、甘い顔立ちに白皙の肌を持ち合わせた人好きのする女だった。
透きとおるような透明感ある肌は、ルージュが連れてきた瞬間、触れたいと思うほどきめ細やかで、甘く整った顔立ちとその大きな目で見つめられたら、厚ぼったい唇にすぐ口づけしたくなるほど魅力的だった。
この大人しそうで美麗な女が、楽しそうにケラケラ狂ったように笑いながら貧民に金品を施す様子は、俺の目を釘付けにするのに充分だった。
何も考えず慈悲の心で施しを与えているような、聖女を気取り同情心が芽生えたバカかと思ったが、恐らく違う。この女は聖女を気取るような純心さや腹黒さはない。ただ道化を演じているような気はする。
この女には何か考えがある。そして、オークション全てを落札できる金銭を動かせるほどの持ち主なのだ。
はったりかもしれないが、どうやって全ての品物を落札するか、正直見てみたい。
この女の行動が面白くてたまらない。
少し脅しを込めた態度をとっても、怖がるどころかむしろやり込めてくる。しかし痛めつけても無闇に立ち向かってこない。
かといって気弱な風でもなく自分の意志を持っており芯が強い。
芯は強いがわがままではなく、俯瞰して全体を見ているような素振りを見せる。
血気盛んなのかと目の奥の光を見てみたら、むしろどこか虚空を見るように醒めていた。
この女の本質を猛烈に知りたい。
自分を大切にしないような態度は、何か違うものを守っているような、まるで生き急いでいるような捨て身の行動に思える。
生意気な女はむしろ好物だった。菫の見た目、態度、その行動すべてが俺の心を擽った。
そして思い返すのは妻、アコヤのこと。
俺は結婚している身だが、アコヤは俺を夫として見たことがない。
むしろ結婚するときに引き連れてきた使用人の庭師、御剣に心を奪われているようだ。
妻に対する情熱や愛情は、どうしても俺は持てない。
しかし菫を見ると心が跳ねて困る。まるで自分が少年に戻ったように思えた。
こんな感覚は久しぶりだ。虚空を見ている菫の視線を俺に向かせたい。
「貴族の方たちは、なぜ貧民街の方を放っておくのでしょうか。奴隷制度なんて、魔界領域外のここくらいしかないのに。この町で育ったらおかしいとも思わないのかな……」
菫がポツリと呟いた。独り言のような感じで言ったのだろう。こいつは俺の考えが理解できないようだし、地位も権力もないため俺の気持ちはわからないだろう。
「……コウキは貴族だが、貧民街の奴らとも仲良くしていた」
「え?」
菫は弾かれたように俺を見上げた。
そうだ、俺を見ろ。
俺だけを見ていればいい。
「ヒサメという女が貧民街にいた。そいつを昔から良く気にかけていた」
菫はジッと俺を見上げてきた。コウキの話を聞きたいわけか。
「何故コウキ様はヒサメ様と仲良くしていらしたのでしょう」
「単純に気もあったんだろう。昔は、ヒサメの家も貴族だったんだ。だから元々東の富裕層出身だ。だが、事業に失敗して落ちぶれ、両親共々貧民街で暮らすことになった。コウキだけだろうな。ヒサメの家が落ちぶれても、変わらず接していたのは」
「立派ですね……」
菫が思わず呟く。感嘆したような様子に、俺は思わずイライラして声を荒げた。
「何が立派だ? コウキがか? あいつは貴族という立場を穢しているだけだ。貧乏人と親しくし、貴族の品格を落としているだけに過ぎない」
「貴族の品格……とは、何ですか?」
「気高いことだ! お前にはわからんだろうがな。どうせお前の配ったその金もあぶく銭なのだろう? 家柄の良い俺たち貴族は、貧乏人と一緒にいるだけで色々噂される」
俺は思わず菫に怒鳴る。数名の貴族がこちらを見てひそひそと上品に口元を隠した。
「そんなこと恐らく承知で、コウキ様はヒサメ様と接していたのでしょうね。リョウマ様の言う、貴族としては失格の烙印を押されても、為政者や人の上に立つ者として人の痛みに寄り添える、その品格は抜群じゃないですか」
「お前は……ああ言えばこう言う……」
「ヒサメ様は今どちらに?」
「……青騎士団長をやっている」
「えっ?」
格差社会のこの町で、貴族たちの権力者外の差別は凄まじいものがある。
実際俺はヒサメが苦手だし、向こうも騎士団長となった今でも俺を嫌悪しているだろう。
この町で育った俺やルージュが権力至上主義になるのは当然だろう。だがコウキは違う。貴族のくせに貧民街のヒサメにも同じように接している。
それから下女の菫にもパーティーのエスコートをし、気さくに接していた。
コウキは昔から博愛主義なのか、万人に対して態度が変わらない。
貴族として失格だ。
コウキは苦労せず育ったのだろう。コウキの父上ジュダ、母上マリア、弟の火輪……4人でぬくぬくと生活していたのだ。
だからコウキは貧民にもヘラヘラするんだ。
俺たち家族はコウキのぬるい家とは違う。貴族としての矜持、プライド。全て貧民の奴らにしらしめなければならない。
この女もコウキのことを褒めるのか。
菫は他の女とは違うと思っていた。しかし結局はコウキに靡くか。
大体の女はそうだった。コウキの気さくさ、気兼ねなく貧乏人でも話せる寛容さ、人懐っこさ。そこに惹かれるのだろう。
しかし貴族はそれではダメだ。気高さや気品がコウキにはない。アコヤもコウキが家に遊びにくると嬉しそうにしており、その日は一日中機嫌が良かった。
正義のヒーローを気取るコウキは、昔から癪に障る存在だった。
貴族の品格を持ち併せていないコウキは、騎士の風上にも置けない。
うちは貧乏だと笑いながら騎士団長の座を獲得したワタルもそうだ。自ら恥の人生を笑いながら話すなんて、騎士団長として失格ではないのか。
「リョウマ様、仮面って、持っています? 鬼とか狐とか、何でも良いんですが、顔を隠せる仮面を貸して頂きたいです」
ふと菫が俺を見て言った。俺は納得して頷く。
「薔薇をモチーフにした仮面を貸してやろう。オークションに参加するには仮面は必需品だからな」
「ありがとうございます」
「それからドレスも買ってやる。そのワンピースだとオークションにそぐわない。俺が懇意にしている仕立て屋に行く」
「嬉しい、リョウマ様」
菫は花のように咲きほこる笑顔を見せて俺の首に飛びついてきた。
ふわりと甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
その後菫本来の匂いが俺の鼻を掠める。
薄めだが甘く俺を誘うような匂いに惑わされ、ふと思わず菫の腰に手を回す。
コウキに言い寄られながらこの小悪魔ぶりに、菫がどこかわざとやっているのではないかと疑問を抱いたが、華奢な彼女の腰を抱きとめることに気を取られて、その疑問はすぐに忘却の彼方へ追いやった。
☆続く☆
ヒサメは貧民街にいたことがあり、当時リョウマは彼女にひどい態度を取っていました。
その名残で、騎士団長になった今でもヒサメはリョウマのことを嫌っています。




