第1話☆リョウマとの出会い☆
「菫様~心配です。騎士団長の中でも1番強く、吸血王様を葬ったリョウマの世話係なんて……」
「大丈夫ですよ。途中までコウキ様が同行するんだって」
終始心配していた太一を笑顔で突き放し、菫は邪神国に向けて旅立つことになった。
太一もついて行くと聞かなかったが、黒騎士団が西の魔物討伐に駆り出されることとなったため、菫は心配している太一と別れて待ち合わせ場所の聖騎士像の前で立っていた。
「おーっほっほっ! あれよお兄様、あの下品な顔立ちの女! あれが私に口答えする下女の菫。お兄様、こらしめてやって頂戴!」
大きな声で叫びながら、これ見よがしに勝ち誇った笑顔を見せてルージュが歩いてきた。
その隣には体格の良い大柄の男性が歩いてくる。あれが赤騎士団長リョウマか、と菫は一瞬リョウマと目を合わせた。
リョウマは目に光を湛えて菫を睨みつけるように見おろした。
「貴様か、俺の世話係は」
良く通る低い声に、菫は骨の髄から震えるような感覚がした。
長い髪を後ろで1つに結っている。癖っ毛のようで、逆立つ前髪はまるで炎が燃え盛るような印象だ。
精悍でワイルドな顔立ちは、男性的な魅力に溢れており、女性にもてそうだなと菫は思った。
「道中リョウマ様のお世話をさせていただきます、菫と申します。よろしくお願い致します」
菫は深く頭を下げてリョウマに挨拶をした。
リョウマはそんな様子を見て、鼻を鳴らし馬鹿にしたように嘲笑った。
「ふん、貧乏人らしさ全開だな。ルージュ、こんな貧相な体の女を俺の世話人に選んだのか?」
「ごめんなさいお兄様。本当、貧相よね。でも顔はお兄様好みのはずよ」
いきなり失礼なことを言われたため、菫は頭を下げながら驚いてしまったが、そのままの格好で待っていた。驚いた表情をリョウマに見られたくなかったためだ。
「顔を上げろ。いつまでそうしている。ノロマの愚図が」
「申し訳ございません……」
慌てて顔を上げた菫と、リョウマの視線が交錯する。
燃えたぎるような生命力溢れる目の輝きが印象的だった。
似たような目の輝きを持つ優しい視線を受けたような記憶があったが、この失礼な男のものではないな、と菫は思った。
リョウマは菫を見定めるように上から下まで眺めると、フンと馬鹿にしたように笑い、強引に菫の顎を持ち上を向かせた。
「え、何するんですか……?」
「フッ、顔はまあ……及第点だな。体はどうなってるんだ、ルージュ。邪神国までの長旅、俺にこんな肉付きの悪い体で満足しろと言うのか?」
「満足しなかったら、途中で捨てちゃえばいいじゃない。そうよ、カラムの町で奴隷オークションで貴族に売っちゃえばいいわよ。どうせ通り道でしょ?」
物騒な言葉が聞こえたが、リョウマは満足そうに頷いて、菫の顎を持ちながら角度を変えてじっくりと見定めるように眺めてきた。
「やめてください、リョウマ様」
「……生意気だな。上院貴族の俺に口答えするとは、教育がなってない」
リョウマは冷たく言い放つと、菫の顎から手を外し、そのまま菫の頬を音を立てて叩いた。
「あっ……」
頬を叩かれたはずみで、菫が地面にドサリと倒れ込む。それをおかしそうに見ながらルージュが高笑いをした。
「貧乏人って惨めね。早く立ちなさいよ、お兄様を待たせないで!」
「いい、ルージュ。俺が道中世話人としての教育をしていく。夜伽の教育もだ。いいな、貧相な下女」
「……菫です」
菫は立ち上がると、服に付いた埃を叩きながら呟いた。
「……は? なんだと?」
菫の声が聞こえなかったのか、リョウマが聞き返してきた。菫は体制を整えると、リョウマを見上げて腫れた左頬を押さえもせずに柔らかい笑顔を見せた。
「わたしの名前、菫です。貧相な下女じゃありません」
リョウマに対抗するような、強い目の力で対面した菫を見て、リョウマは一瞬怯んだように後ずさった。
しかし、唇を噛み締めたリョウマは、すぐに菫の元に来て、再び手を上げてさっきと同じ場所の頬を叩いた。
パン、と乾いた音がして菫は再び「うっ……」とうめき声を上げて地面に倒れ込む。
「俺に口答えをするな! 下女など、名を呼ぶ価値すらない。上院貴族の俺とルージュに、同等の価値を求めるなど笑止千万」
「……乱暴な人ですね……頭がクラクラしてきた。脳震盪起こしたらどうするのよ」
「ほう? 奴隷オークションにかけられたいとみた。望み通り、邪神国に行く途中で奴隷にして売ってやる。立て」
リョウマは菫の腕を強引に掴むと、立たせてから早足でどこかに向かった。
「お兄様? 紫苑の塔にでも売るの?」
「ルージュ、そこで待っていろ。すぐに終わらせる」
ルージュを聖騎士像の前で待たせ、リョウマは菫を城の裏庭に連れて来た。
誰もいない、薄暗い場所だった。
腕を掴まれた菫は、腕に痛みを感じながら引きずられるようにリョウマに付いて行く。
「ここでいい」
リョウマが菫を放り投げると、菫はまた地面に倒れ込んでしまう。今日だけで3回も地面に転ばされ、菫の体はボロボロだった。
「痛いです、やめて下さい」
「フン、貧乏人の下女のくせに俺に楯突くとは。城にお前のような下女がいるとは、教育のしがいがある」
「コウキ様とも待ち合わせしていますから、早く戻りましょう」
菫がリョウマに言うと、リョウマは舌打ちをして蔑むように菫を見下ろす。
「……早く脱げ」
リョウマが薄暗い裏庭で目に鈍い光を湛えながら菫を見つめた。
菫はヒュッと喉を鳴らしてリョウマを見据える。
「脱げ……?」
「その安物の私服だ。全て脱げ」
菫は深くため息をつくと、しゃんと立ち上がってリョウマをジッと見つめながら自分の服に手をかける。
口の中から鉄の味がする。叩かれた頬もじんじん痛み、感覚がなくなっていた。
試すように腕組みをしながら、菫を見つめるリョウマから、絶対視線を反らすまいと、菫は笑顔を見せながら上着のボタンを1つ外した。
☆続く☆
リョウマは女性慣れしており、百戦錬磨と言われています。ただ好き嫌いも激しいです。