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−1.心の奥底に置いておく。

「それから魔女様のために屋敷を建てて、魔女様は冒険の仲間たちと一緒に、幸せに過ごしました」


 金羊毛の物語――仲違いしちゃうけれど、最後には仲直りするお話。それが大好きだったわたしは、いつも聞かせてもらっていた。



 商店の一人娘として、勉学を疎かにすることは許されない。父親が一人、母親は私を産んだ時に亡くなった。恵まれた家庭とは言い難いけれど、お母さんが亡くなった穴を私が最大限に埋めないといけない。――物心ついた時から、私はそう思っていた。

 家事全般ももちろんのこと、お父さんの手伝いが出来るように商売の勉強も始めた。数学や自然科学にも軽く触れた。私とお父さんを心配して折を見てやって来ていた学園長様には、たくさんの勉強を、ほんの少しの時間だけれど教えてもらえた。


 だからこそ、勉強には特に力を入れていたんだけど……最近の悩みがそこにある。

 私、無意識のうちにレイアのことを目で追ってる。

 たくさん生産されてるとは言え、紙は高いから書き損じは最小限が一番いい。けど、たまに間違える。最近増えている。


 ほら、今だってレイアに目をやってしまった。


 ……あ、居眠りしてる。怒られるわよ。……やっぱり。

 私たちに勉強を教えてくれてる奴隷の人が、レイアの頭をこつん、と叩いた。

 起きない。

 もっと強く叩いた。

 起きない。


 諦めて、私に勉強を教えることに専念し始めた。私は急いでレイアから目を逸らして、手元に集中を始めた。


 お仕事中もそれは変わらない。

 私がお客様の相手をしている時に、お客様越しに見えるのは微睡むレイア。あ、一瞬だけ目を覚ましたけど……私を見てにっこりと笑った。それからまた微睡みを再開してしまった。


 お客様はそんなレイアの事をかわいらしい置物のように扱っている。仕事をしていなくても誰も気にしない。噂だけど、レイアから接客された日は幸福な日になるらしい。

 それが本当なら、私は毎日幸福だ。

 実際、レイアが来てから毎日幸福だから、間違いでもないかもしれない。


 レイアはお仕事を真面目にしない。いつも眠そうな目をしている。品物を並べるときだってそう。

 ほら、レイア、そこで転んだら……あぁ、やっぱり。

 レイアはお店の売り物を壊して顔を真っ青にしていた。仕方がない、私が助けてあげよう……。


 ご飯のときだって目で追ってしまう。

 レイアの好物はお肉。お魚も、豚も、鳥も、狩ってきた獣でも、お肉ならなんでも大好き。その分野菜はあんまり得意じゃないらしい。

 私は学園長様から食事の重要性を学んでいた。だからレイアに好き嫌いなく食べるのが大事だと何度も言っているんだけど、聞く耳を持たない。


 今だって、ほら。野菜をお皿の端に寄せてる。気付かなかった振りをするつもりみたい。鰻ばっかり食べて病気になる人もいるんだから、しっかり食べるのが大事なのに。


 ……私がレイアを目で追っているのは、心配のせいかもしれない。

 大事な友人だから心配する。大事な姉妹だから心配する。

 大事な人だから、心配する。

 そう考えると辻褄は合う。けど、少し違う。


 夜、眠る前にレイアの事を考える。すぐ近くで聞こえるレイアの寝息を聞いて、物足りなさを覚える。

 胸が熱くなって、頭が冴えてしまう。そのせいで、眠るのにも一苦労。

 これは心配?


 この前の、掃除の際のちょっとした事件。私はすぐに逃げてしまったけど、それはお父さんに叱られるのが嫌だったからじゃない。

 あの時の、私が組み敷いていたレイアの顔を忘れられなかったから。


 夜闇のように、宇宙(アイテール)のように暗く、静かな色のあの瞳。私の顔が呑み込まれていて、静かに輝く金色の髪は月明かりのようだった。

 ……忘れられない。


 私の感情には名前はまだ付けられない。経験したことも、学んだこともない感情だから。

 永遠に続く微睡みのようで、突きつけられた剣のように心を激しく動かすもの。

 これはなんだろう。

 もっと知りたい。知った先になにがあるのだろう。



 定義しよう。私の感情は恋。


 この前、出掛けた際に偶然学園長様と出会った。良い機会だからと私の持つ感情を相談してみた。この焦がれるような情動と、辛い苦しみ。けど、その中に見える幸福。


『おいおい、どうして私は知り合いの子どもに恋愛相談なんかされてるんだ?』


 私の相談を受けて、学園長様は開口一番にそう言った。恋愛だなんて。レイアは私の――義理だけど――姉妹であって、親友。親愛はあっても、恋を挟む余地はない。

 茶化していたように見えた学園長様だけど、すぐに真面目な答えを始めた。


『こういうのは真面目に答えるのが大事だね。……先に言っておくけど、恋の魔法なんてないよ』


 この時の私は、この感情の深刻さをあまり理解していなかったから、その言葉を軽く流してしまった。……けど、今ならわかる。恋の魔法なんて、誰もが欲しがる。

 だから先に言ったんだ。


 それから私は、もっと詳しい事を教えた。自分の感情、レイアの前に居る時にどうなってしまうのか、毎日自然と目で追ってしまう、とか。


『きみのそれは恋だ。愛とも言える。相手は……聞かないでおこうか。ごめんね、今日は忙しいからこのくらいで。またね』


 学園長様は毅然と、更に簡潔に、私の疑問に答えてくれた。

 ……恋。愛。

 そう言われると、納得できた。


 レイアを目で追う、レイアのことを考える。一日中、ずっと。

 それが幸せで、でも、彼女が気付いてくれないことが悲しくてたまらない。

 どうしてそこまで私を好きにさせるんだろう。原因なんてわからないのに、恋というものは無から現れてしまう。

 恋とか愛とか、まるで魔法みたいだ。


 恋を自覚しても、私は感情を隠すのは上手。

 レイアがいつ気付くかわからない。けど、いつか気付いてくれると信じてる。

 だから今は心の奥底に置いておく。

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