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−2.不自然などきどき

「自分たちを救ってくれたことに後から気が付いた冒険者たちは、これまでのひどいことを謝って、魔女様に感謝を告げました」


 悲劇は嫌いだった。悲しくなる物語なんて聞きたくもない。



 今日はメナの付き添いで神殿に来た。わたしはあんまり神様を信じていないからそんなに来ることはないんだけど、メナは生粋のポリス育ち。神殿と信仰は生まれたときから側にいる。だから信心深い。

 久しぶりに来た神殿は人でごった返していた。どこを見ても人混みまみれ。メナとはぐれないように手を繋ぐ。


「いつもより大盛況だね。並んでるだけで日が暮れちゃいそう」

「そうね。今日は特別な日でもないのだけれど、どうしてこんなに人が多いのかしら」


 ロゴスの神殿は10万を超えるロゴス市民に観光客にと、毎日たくさんの人が訪れる場所ではあったんだけど、それにしても今日は多い。

 よく見てみると、奥の方で人混みが詰まっている。有名な人でも来てるのかな。アルケーの巫女とかが行事のために来るとすごく混む時もある。


「レイア、見える?」

「うーん、なんとも……あっ」


 メナより背が高いとは言え、わたしの背もまだまだ成長途中。普通の女の人くらいにはなってるけど、男の人には敵わない。どうにか背伸びして見てみると、見知った顔を見つけることが出来た。

 わたしが漏らした声を聞いて、メナが尋ねてきた。


「誰だった?」

「学園長だ。そりゃ人混み出来ちゃうよね。なんでこんなとこに来たんだか」


 人混みの先に見えたのは学園(アカデメイア)で学者たちを纏めるすごい偉い人であり――本物の『魔法使い』の一人、学園長がいた。

 ちなみに、アンドロスさんの恩人でもあるのでわたしたちは小さい頃から交流がある。まあ、あんまり会うことはないけど。仲は悪くない。


 学園長は作り笑いを浮かべながらたくさんの人を捌いていた。握手を求められたり、学者志望の人に弟子入りを懇願させられたりしているみたいだ。

 人気者っていうのは憧れるけど、人気者なりの苦労があるんだね。


「しばらく動かなそうだね。どうするメナ、今日は帰る?」

「はあ、久しぶりにお祈りをしようと思ったのだけれど……埒が明かないわね。帰りましょうか」


 メナは肩を落として踵を返した。

 帰り道も帰り道で数えられないくらいに人がいた。それでも神殿にたどり着くのを待つよりは短い時間で帰ってこれた。


 お家に着いたけど、別にやることもない。今日は神殿に行って帰りに広場(アゴラ)で買い物をしてくるつもりだった。だからお家での予定は空っぽ。


「暇だね」

「そうね。お掃除でもしようかしら」


 言われてみると、ここ数週間くらい自分たちの部屋の掃除をしていなかった。寝るときくらいしか居ないからあんまり問題はないんだけど、流石にそろそろ埃も溜まってきている。

 めんどくさいけどやらないと。汚い部屋っていうのは辛いからね。


「いいね。雑巾と水桶持ってくるよ。メナは箒よろしく」

「毎回重いものばっかり……ごめんなさいね」

「気にしないで。メナの腕細いもん。見てるこっちがひやひやする」


 部屋がきれいになっていくのは気持ちがいい。毎日やるのはめんどくさいけど、たまにやるのは結構楽しい。

 メナが箒で掃いたところを、濡れた雑巾できれいにする。うん、さっぱりして気持ちいい。

 そんなことを何回も繰り返すと、あっという間に部屋はきれいになった。


「ふう、ようやくさっぱりしたね。気持ちいいや」

「これから片付けが残ってるわよ……さあ、あっ」


 メナが箒を持って部屋を出ようとすると、ちょうど置いてあった水桶につまづいてしまった。水が溢れて、わたしに向かってメナが倒れてくる。


「危ないっ――」


 咄嗟に身体が動いて、メナを庇うようにわたしが下敷きになった。……メナって結構重いんだね。身体も柔らかいし。


「うぅ……レイア、大丈夫?」

「うん……なんとか」


 両手をわたしの顔の真横に起きながら、メナは起き上がろうとしていた。

 ちょうど、わたしたちの視線が交わされる。メナの枯葉色の瞳がすぐ目の前に来ていて、わたしの顔もよく見える。

 メナはその状態のまま動こうとしない。


「……メナ?」


 わたしが声を掛けても、メナは動かない。

 そのうち心がどきどきし始めて、わたしもわけがわからなくなってきた。喉はからから、ほんの僅かに残った唾液を飲み込むと、ごくり。部屋に音が響き渡った。


「レイア……」


 メナの唇がゆっくりと開いて、わたしの名前を呼んだ。言葉に色がついたみたいに、桃色が見えた気がした。

 もっと赤かったかもしれない。瑞々しくて、りんごみたいで、もっと赤いのにもっと生々しい。そう、メナの唇みたいな色……。

 わたしの腕がメナの背中に回っていく。そっと、両手を重ねる。ほんの少しだけ力を込めればメナはわたしに倒れ込んできて、きっと。


「おーい暇か? ……っておいおいおい!!」


 そんな時、部屋の扉が無遠慮に開かれた。アンドロスさんだった。


「うわっ、アンドロスさんっ!」


 驚いて起き上がると、メナの額とわたしのおでこが音を立ててぶつかった。痛い!

 くらくらしながらメナを見ると、逃げるように走っていってしまった。

 ……え、この状況をわたしだけでどうにかさせるの?


「なあ、レイアちゃん」

「……はい」


 アンドロスさんは立ち尽くしていたけど、気を取り直してわたしの事を見つめてきた。


「……いくらレイアちゃんでも、まだメナを嫁にやるつもりはないぞ」

「……勘違いです」


 普段の数倍話し続けて、わたしの言い訳は続いた。

 ようやくアンドロスさんも納得したみたいで、部屋を立ち去っていった。

 ……災難だった。メナもアンドロスさんとすれ違いで帰ってきた。


「メナ……」

「……なによ」

「……なんでもない」


 ……さっきもそうだけど、最近、メナの顔を見てると心がどきどきする。

 なんだろう、これ。

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