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−3.普通の一日

「そうして魔女様は、魔物に変えた人たちを元に戻しました」


 わたしのいちばん古い記憶は、お母さんが眠る時にしてくれる話だった。



 いつもみたいに居眠りしてると、メナにちょっかいをかける声で目が覚めた。

 長い金髪を怯える子犬みたいに震わせながら、それでも目だけは生意気に相手を睨んでいた。

 こういう荒事を治めるのはわたしの仕事。いや、売り子のお仕事もしてるけどさ。


「君、船乗り? 駄目だよこういうのは……」


 わたしたちの都市(ポリス)、ロゴスは大きな港町だからいろんな土地の人がやって来る。

 中でも荒いのは船乗り。海の男ってのはどこの土地の人でも荒っぽい。

 声をかけると相手は早速手を出してきた。野暮ったいけど喧嘩慣れしてる殴り方。メナにそれを向けなくて良かった。


「買い物するならさ……その土地の掟は守んないとっ!」


 目の前の男の拳を避けて、顎に一発。顎に喰らうと頭がぐるんぐるんして立ってられなくなるんだよね。

 はあ、面倒くさい。倒れ込んだ男の首根っこを引っ張って、店の外へと放り投げた。

 ちょうどお店の前を歩いてた人が叫び声を上げてたけど、まあ、よくあることだ。衛兵さんに通報してくれるだろう。


「あー、手が痛い」

「レイア、感謝するわ。頼もしいじゃない」


 メナも少しは落ち着いたのか、息を整えてからわたしの側にやって来た。

 メナとわたしは義理の姉妹。まあ、過去にいろいろあって、ここに引き取られた。そんな彼女は商売は上手いし頭もいいんだけど、どうにも気が強いところがあって、たまにあんな風にお客さんからちょっかいをかけられている。


「当然のことしただけだよ。メナは弱っちいからね、ずっと守ってあげる」

「……ありがと。頼りにしてるわ」


 その日のお仕事で、変な客は一人だけだった。船乗りだから、外国人だからっていろいろ言われることもあるけど、ほとんどは普通の人。

 いろんな土地の話も聞けるから、ロゴスはずっと刺激的。港町っていうのは最高だね。


 店じまいをして、軽くお掃除をしてお家に戻る。わたしたちのお店は住む場所と商売する場所が繋がっている。わかりやすく言えば、玄関がお店になってる感じ。

 起きたらすぐ働けて、終わったらすぐに帰れる。すごい便利。


 今日のお仕事も無事に終わりました、と商店の主であり、わたしにとっての義理の父親であるアンドロスさんへ伝えに行くと、なんか、みんな揃ってわたしたちを待っていた。

 アンドロスさんはもちろん、いろんなお手伝いをしてくれる奴隷(ドゥロス)のみんなまで……。わたし、なんかやっちゃった?


「レイアちゃん。衛兵から聞いたぞ。うちの店で喧嘩があったって」

「あー、その。メナが危なかったので、つい」

「それは感謝している。けどな、危ねえんだから。今度からは俺とか奴隷を呼ぶんだ。いいな?」


 ちらりと周りを見渡すと、奴隷たちもみんな頷いていた。


「お嬢様方は私たちにとっても大切なのですから、もっとご自分を大事になさってください」


 そう言われると言うことを聞くしかなくなっちゃう。人に心配されると、どうにも。

 メナもみんなの意見と同じだったみたいだ。目だけで「そうよ」と伝えてきてる。


「はい、わかりました。緊急の時でもなければ、すぐに大人の人を頼ることにします」

「それでいい」

「……話が一段落したところで、いいかしら。お父さん、その杖はなに?」


 メナが指差したのはアンドロスさんの隣に立てかけられていた杖だった。長い木の杖で、なんだか上品な雰囲気を持っている。

 アンドロスさんはそこに置いていたのを忘れていたのか、慌てて隠し始めた。


「あ、ああ。これは、だな……骨董品市で買ってきたんだ。良い杖だろう?」

「ええ、そうね。で、いくらしたの?」


 メナの目が段々つり上がっていっている。本気で怒ってる時のメナだ。こわい。

 質問に答えたアンドロスさんが言った金額は……まあ、結構高い。杖一本の値段ではない。これを売っても大した利益が出ないことは、商売にあんまり詳しくないわたしでもわかる。


「お父さん……」


 ため息を吐きながらメナは言う。


「魔法の杖でしょ? また騙されたのね?」

「そうとも……言える。だが、騙されたわけじゃないぞ。俺だって確信があって」

「確信があるのかどうかなんてどうでもいいのよ。本物かなんて誰にもわからないじゃない」

「で、でも」

「でもじゃないわ。前の魔法の本が売れるまでどれだけ掛かったか忘れてないわよね?」

「ごめんよメナ……でも俺だって魔法使いに憧れがあるんだ……学園長みたいにさ」


 アンドロスさんの悪い癖が出てしまったみたいだ。この人、普段は商売にすごい才能を発揮してるのに、自分の惹かれるものはすぐに買ってしまう悪い癖がある。

 もしかしたら、わたしが救われたのもその癖のお陰かもしれないから、わたしからはあんまり言えないけれど。

 メナはわたしと同じで14歳なのに、商売の才能はものすごい。だから、アンドロスさんのその悪い癖を結構深刻に考えてる。お店の売上がなんとか、時間で割ったら利益がどれだけだとか。


「わかったわかった、なるべく早く買ってもらえるように俺も努力するから。今日はもう解散だ! 早く寝ろ!」


 半ば追い出されるようにアンドロスさんの部屋を出ると、わたしたちは部屋に戻っていった。

 ちょっと早いけどたまには早寝も悪くない。「おやすみ」とメナに伝えてわたしの寝床に潜り込もうとすると、メナに服を掴まれた。


「……今日は一緒に眠らない?」


 珍しい。

 一緒に寝てたのなんてもう……何年も前だ。お互い大人に近づいてるんだから、そろそろ寝床を2つにしようって相談して決めてからは一緒に寝てない。


「どうしたの?」

「……お昼のこと。仕返しに来たらどうしようって考えたら……怖くて」


 メナの手を握ると、震えていて、冷たかった。

 しょうがない。わたしが守ってあげないと。

 メナの手を掴んでわたしの寝床に引きずり込んだ。


「うわっ!」


 優しく抱きしめて、頭を撫でてあげた。わたしより身長が低いからやりやすい。


「言ったでしょ? ずっと守ってあげるって。安心して寝ちゃいな、メナ。おやすみ」

「レイア……ありがと……おやすみ」


 とん、とん、と背中を叩き続けていると、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。

 気丈に見えるメナだけど、その心は普通の女の子。たくさん悲しんで、たくさん怖がる。

 そんなメナを見るたびに、わたしが守ってあげないと。そんな決意が固まっていく。


「おやすみ、メナ」


 わたしも目を閉じた。今日は温もりに包まれながら眠れそうだね。

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