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双眸の涙  作者: リグニン
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最終話 涙の後に

サアキの率いるドラゴス教団よりも一足先にリーロエルのディングルディル聖堂に到着したミヘラ達。先に到着しているドラゴス教団達もいた。ミヘラ、ディギンス、ファイマー、この3人は知恵を出し合って上手く彼らの計画を利用しディングルディル聖堂への潜入に成功した。それは決して簡単な事ではなかったが、苦楽を共にして今日まであらゆる困難を乗り越えて来た彼らには不可能な事ではなかった。


ドラゴス教団より一足先に女神像の元へ着き、祈るようなポーズのまま絵の星空を眺める彼女に母星の土を見せる。彼女は双眸の目より涙をこぼした。ミヘラは彼女の孤独さと自ら行っている事の残酷さに胸が締め付けられる様な気持ちになった。その涙を無駄にしないためにも小瓶に入れて採取する。


ミヘラが女神の涙を回収したその時だった。どこからともなく現れたサアキに不意を突かれ女神の涙を奪われてしまった。彼はドラゴンに忠誠を誓っていた訳ではない。信仰していた訳でもない。そのドラゴンさえも殺せるその力に惹かれていたのだ。彼もまたドラゴン殺しの血族の末裔だったのである。


落涙を打ってもらうもらうためにロロエマロのハ・トエに向かった。ミヘラの父のデュマリの元へ向かったはずだと彼の後を追うミヘラ達。彼女達をディングルディル聖堂から逃がすためにファイマーはドラゴス教団やトロエマニの兵士達の囮になった。再会を約束して。


ハ・トエのデュマリの元へミヘラ達が向かった彼女らだったが、デュマリは誰も尋ねて来ていないと言う。それもそのはずだった。サアキは落涙を打つ鍛冶師の子孫の名前も具体的な居場所も知らなかったのである。サアキはミヘラ達の先にハ・トエに向かったフリをして追いかける事で鍛冶師の場所を特定した。


ディギンスを人質に取り落涙を打たせるサアキ。自らを殺す刃の気配を感じたファビスターはハ・トエにやって来た。サアキは満を持して落涙を持って戦いを挑むが勝てなかった。刃は鱗1枚斬る程度の威力しか発揮せず返り討ちに遭ったのだ。


まるで導かれる様にミヘラの足元に転がった落涙。彼女がそれを掴み上げると落涙は青白い輝きを放った。まるで女神の意志が宿ったかの様な輝きである。ミヘラは剣を携えファビスターの元へ向かう。ディギンスはミヘラのその歩調に疑問を抱いた。明らかに戦意がない。


戦意が感じられないのはファビスターもそうだった。ディギンスはミヘラの傍に駆け寄り共に歩く。何故かそうする方が良い気がしたのだ。


「良い子ねファビスター。死ぬのは怖くない?」


『…怖くないものか。恐ろしいとも。しかし、私はもはや疲れてしまった。どこにも仲間はいない。番いもいない。この世界に私はただただ独りだ……』


ディギンスの口を借りて喋るファビスター。その声色は諦観していた。


『貴様等にはわかるまい。自身の凶暴性にのたうち回り続ける苦しみが。決して潤う事ない喉の渇きが。お前の引き出した落涙のその力ならば、私をこの苦しみから解き放てるのだろう』


ファビスターはその場に頭を下ろしうつ伏せになった。まるで眠る様に。ミヘラの刃が自身の額に届きやすいように屈んだのだ。ミヘラは構わず歩き続け、落涙を捨てた。彼女の手から離れたその剣は輝きを失った。


正気を失ったかのようなミヘラの行動にファビスターが驚く。ミヘラはファビスターの口元まで来ると彼の鼻のあたりを優しく撫でた。


「可哀そうな子。生まれた宿命のせいで一生を振り回され、愛を知る事もなく生まれ、愛も知らずに死んで行く」


『憐れんでくれるのか。この私を。貴様らの同族を一方的に虐殺したこの私を』


「私達も祖先もあなたの仲間を沢山殺したもの。お互い様」


ミヘラはファビスターを抱きしめる。傍から見れば正気を失った獣人がファビスターの口元に自ら食われに行っている様にしか見えない。しかし、彼らはお互いに過ごした辛く苦しい一生を心で通わす。ファビスターもまた、ミヘラの心に触れていた。


「…どこか遠くへ行きましょう。種族争いの喧噪の届かない遠いどこかへ」


『私がこの凶暴性を抑えて生きられるとでも?』


「抑えられるわ。だって私があなたを愛してあげるもの」


『そうか…』


ミヘラはファビスターに乗った。旅に出るために。正気に戻ったディギンスに事情を説明する。何もかも唐突で驚いていたが…。彼もついて行くと言い出した。家の近くまで送って行くからと説得したが応じる様子はない。


呆れるミヘラにファビスターが笑うように身体を少し揺らす。あまりにしつこいので結局はミヘラも折れてしまいディギンスを連れて行く事になった。ファビスターの背中に乗りながら2人は大空を眺める。


「ディギンスってば、結局殆ど私の言う事を聞かなかったよね」


ミヘラがディギンスに怒った。彼は笑う。


「ああ。だからこうしてミヘラと旅できたし、こうしてついて行く事ができたんだ」


「ああいえばこういう…」


そういうミヘラも満更そうではなかった。


「あ、そうだ。シジミアのイィーイに寄ってくれる?降りなくてもいいんだ。上空を通りたい」


「ホームシック?」


「まさか」


ミヘラはファビスターに伝えた。ファビスターはディギンスを通して返事をするとシジミアの方へ向かう。あれだけ長かった道のりがあっという間に通り過ぎていく。所々、ファビスターに焼かれた町や村が見えた。


「…ファイマー、別れの一言ぐらい言いたかったな」


悲し気に俯くミヘラ。ディギンスは笑った。


「まるでファイマーが既に死んでるみたいな言い方じゃないか」


「だって…あんな状況じゃ生きてディングルディル聖堂を抜けられたなんてとても現実的じゃないもの…」


大勢のドラゴス教団とトロエマニ兵が所狭しと駆け回っていた。戦いに巻き込まれたかもしれない。ドラゴス教団に殺されたかもしれない。トロエマニ兵に捕まり侵入者として処刑されてたかもしれない。とても再会できそうになかった。しかしディギンスはファイマーは生きていると信じて疑わない。


あまりにそれが不思議でミヘラはその自信がどこから来るのか尋ねた。


「ファイマーの正体をずっと考えていたんだ。まるで歴史の生き証人の様なエルフの正体を。覚えてる?サアキがファイマーを見た時に非常に驚いてたの」


「そう言えば驚いてたね。どうして生きてる!?って。昔何かあったのかな」


「ミシラでファイマーが単独行動でドラゴス教団の計画を盗み聞きして来た事を覚えてる?」


ディギンスは朝にファイマーの首元にあった不自然な虫刺されの様な痕の事を話す。それまでは確かにそんな痕はなかった。異様に事細かく聞いて来たドラゴス教団の情報。それをファイマーは一体どうやってそれを聞いて来たのか。その秘密について憶測の域の出ない想像をミヘラに話す。


彼は一度サアキに殺されたのだ。そして死んだと思わせて欺いて計画を調べ、そして戻って来た。服に付着した血を洗うために寒い中に川に落ちたなどと嘘をついた。そんな流れだ。


「待って、どういう事?ファイマーが殺されて…復活してる?」


「…死人を復活させる魔法は存在しない。どれだけ永い年月を生きて来たエルフにもできる芸当じゃない。しかしたった1つそれが可能かもしれない、謎の多い存在がいる」


ミヘラはしばらく首を傾げていたがやがて目を見開いた。


「フィ、フィオーラ…」


この星に降り立ち、ドラゴンに翼を焼かれ母星に帰る手段を失った女神フィオーラ。それがディギンスの考えるファイマーの正体だった。長らく家族を待つフィオーラは自身の分身を生み出し長命種であるエルフを騙り、各地を転々として生きていた。


ファビスターの復活を知った時、自身の身体を取り戻すためにディングルディル聖堂を目指したがいつの間にか自身の石像のある場所に巨大な聖堂が建ってしまっていた。自身の体の元へ帰るに帰れず困った彼女は何とかディングルディル聖堂へ侵入する方法を模索していた。おそらくドラゴス教団に入る事も視野に入れて。


そんな時に出会ったのがドラゴン退治の旅をするミヘラ達だった…と言うのがディギンスの見立てだ。


『随分回りくどい事をする神だ。本当にあのエルフがフィオーラならばさっさと自身の体に戻って自ら私を殺しに来れば良かっただろう物を』


ファビスターが呆れた様に言う。


「あはは…。長い年月を経て世界の人口が増えたんだ。再び女神の体でをどこかに身を隠しても人間の生活圏にいる限りバレるリスクはつきまとう。空も飛べないから移動手段も限られてる。だからそれを嫌って私達に願いを託したんじゃないかな」


『その結果がコレではフィオーラの立つ瀬もあるまい。ははは』


「これから心を入れ替えて大人しく余生を過ごすからいいの!ファビスターももう暴れてりしないものね?」


『善処しよう』


やがてイィーイに着く。ファビスターはディギンスに身体を返した。ディギンスはごそごそと小さな袋を用意すると紙と石の様な物を入れてそれを上空から落とした。


「何落としたの」


「吉報さ」


「??」


その頃、イィーイの地上。犬型獣人のヒューリカは服を縫っていた。


「はぁ…音沙汰ないわねえ。ディギンスは今頃ちゃんと上手くやってるかしら。あの子の機嫌を損ねてフラれて泣いてたらどうしよう…」


そんな事を考えていると天井を突き破って小さな袋が落ちて来た。そしてヒューリカから少し離れた所の床に突き刺さって止まった。


「ぎゃん!!」


跳び上がって近くの物陰に隠れるヒューリカ。おそるおそると袋を確認する。中には紙切れとそこそこ大きな石の様な物が入っていた。よく見るとその石はまるで巨大な生き物から剥がれた鱗の様だった。ヒューリカは首を傾げながら入っていた紙を広げる。どうやらそれは手紙の様だった。


差出人を見るともう一度驚いて彼女は飛び跳ねた。そして急いで外に出て周囲を確認する。しかしどこにもディギンスの姿は見当たらない。不思議に思いながら中を確認した。


『ヒューリカ、元気?僕は元気だよ。実はミヘラと結婚したんだ。大きな子供ができたよ。とてもとても大きな子。今は愛の巣に引っ越す所。またね。子供が成長したら顔を見せに行くよ。またね』


「ちょっと!ディギンス!!何で顔も見せずにこんな報告だけしていくのよ!近くにいるんだったちゃんと顔を見せて行けばいいのにもう………。え、こ、子供…?」


イィーイの上空、家から出て来てキョロキョロするヒューリカを見てディギンスは微笑んでいた。


『しかしこれからどこへ行こうか』


ファビスターがディギンスの体を借りて呟く。意識が戻ったディギンスはミヘラの心からファビスターの発言を読む。彼も少しずつこうしたやり取りを通してこの不思議な会話に慣れて来ている。


ミヘラは地図を開いて唸る。ディギンスも一緒に考える。南にはまだ人々が未探索の地があると言う。まずはそれの確認しに行く事になった。


ドラゴンと獣人と人。仮にあらゆる喧噪から隔絶された緑豊かな土地があったとしてもきっと前途多難な暮らしになるに違いない。それでもきっと先行きは明るい。彼らはどんな困難も仲間と共に乗り越えて来たのだから。





…終わり


「誰もが納得する物語があるとしたら、それはきっと個々の読者の心の中にあるんだと思います。だから双眸の涙のこの先の物語はきっと読者の心の中で続きいつか結末を迎えます。それでいいんだと思いました」

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