第5話 ドラゴス教団の企み
何とかファビスターをやり過ごした一行。準備を整え次の町へ向けて出発する。道中でドラゴス教団がいるのを見かけ、何やら興味深い事を話しているのを耳にする。
ミヘラ達はデルダクルで一夜を過ごした。町を出る際にはドラゴンを退けたお礼にと大金を包んでもらった。さすがにこんなに貰うのは悪いと遠慮したが、デルダクルに住む民は裕福な方らしく彼らの金銭感覚によれば大した金額ではいらしい。お金に困っている事は確かでファイマーにも「ここは好意に甘えておきましょう」と言われたのでありがたく頂戴する事にした。
道中でミニンと言う町に寄って食料や水を補充し、トロエマニのミシラを目指した。森に入ってしばらく歩いていると少人数の怪しい集団が見えて来た。ミヘラ達は気付かれない様に話を聞いていると彼らがドラゴス教団である事が分かった。魔法の施された鳥籠には背中に羽を生やした少女の様な妖精が2人捕らえられていた。
どうやらファビスターの機嫌を取るための生贄にするつもりらしい。更にこれからディングルディル大聖堂に侵入する算段について話している。
「ドラゴス教団がディングルディル大聖堂に侵入…。何が目的なんだろう」
ミヘラは首を傾げる。
「いっそ僕らもドラゴス教団に入信するフリをして一緒に侵入してしまおうか」
「いかに無知蒙昧なドラゴス教団と言えど入信したばかりの新人に大役を任せるとはとても思えません。ここはひとまず彼らに話をお伺いして彼らの作戦を利用する方法を練るべきです」
「どうやって聞くの?袖の下とか?」
「ディギンス、あなたは信仰心を軽く見過ぎです。彼らの信仰心はちょっとした金では揺るぎません。嘘を言ってお金だけ受け取る可能性もあります。いいですか。真心を込めて話し合いをするのです」
「真心ねえ。そんなに言うならやり方はファイマーに任せるよ」
ミヘラ達はファイマーにやり方を聞くと、まずはファイマーがドラゴス教団に接触して話をしに向かい、その間に背後からミヘラが全員を殴打して戦闘不能にし、戦闘不能になった所をディギンスがファイマーの持っていたロープで縛った。
縛られたドラゴス教団達は何が起きたのか良く分からなず混乱している。
「真心を込めて話すって聞いたんだけど…」
呆れた声で言うディギンス。ファイマーはこれ以上にない程の笑顔で答える。
「はい、今から真心こめて話し合いますよ。死んでしまっては話せませんが、この通り彼らの首の皮は繋がったままです。哀れ、ドラゴス教団は我が身の可愛さに他者を差し出す様な方々です。命の危機となればどんどん喋ってくれる事でしょう!」
ミヘラはドラゴス教団のリーダー格らしい服装をした人間に剣を向けた。
「ディングルディル聖堂に侵入するんだってね。詳しく聞かせてもらおうか」
「ふふふ。愚かな。我らは死ぬ事など怖くはない。ドラゴンの強さに惹かれたのだ。あの絶対的な強さに。脅しは通用しないぞ」
ミヘラはリーダーに向ける剣に力を込めた。首筋から僅かに血が伝う。この程度の脅しじゃ全く動じない。心を鬼にして殴打して痛めつけ情報を聞き出せないか試みるが口が堅く中々情報を吐かせる事ができない。ディギンスも困り顔でミヘラの所へ戻る。
「色々と試したけどこっちも駄目そう。教えないと言うよりは大した情報を知らないのかもしれない」
徒労だったか…。ミヘラは腕を組んだ。
「まぁ全く収穫がない訳でもないですよ」
ファイマーが戻って来る。その手にはミヘラ達のサイズに合う教団の服があった。これがあれば彼らの作戦に乗じて行動できるかもしれない。彼らがディングルディル大聖堂に何か目的があって侵入しようとしている事も含めて収穫はあった。ミヘラ達は周囲の草を使って眠り薬を作るとそれを彼らに嗅がせて寝かせた。
用事が済んだのでその場を去ろうとするとどこからともなくミヘラ達に助けを求める声が聞こえて来た。そう言えばドラゴス教団は2人の妖精を鳥籠に捕らえているのだった。
「ああ、ごめんごめん。すっかり忘れてた」
謝りながらミヘラは鳥籠に捕まった2人の妖精を解放しようとする。それを見たディギンスが慌てて止めようとする。
「駄目だミヘラ、鳥籠に触れちゃいけない!!」
そう言って止めようとしたが既に鳥籠は開き妖精達を閉じ込めておくための魔法効果も消えてしまった。
「え、今何か言った?」
鳥籠から飛び出した妖精2人は空中でグルグルと回るとミヘラの両肩に1人ずつ降り立った。
「「ありがとう優しい人」」
彼女らはミヘラの頬にキスをするとミヘラの体中を煙が覆った。妖精は「うふふ」と笑いながらどこかへと飛んで行く。ディギンスが呼び止めたが妖精達は振り返りもせずに消えて行った。やがてミヘラを覆っていた煙が晴れて行く。彼女の姿がどこにもない。
「ミヘラ!ミヘラ!!」
ディギンスが辺りを見渡すがどこにもいない。どうしたものかと困っているとファイマーがディギンスの肩を叩いてミヘラのいた場所を指差す。やはりいない。こんな時にからかうなと怒りそうになったが、よく見るとファイマーの指している方向はミヘラの頭のあった場所よりずっと下を差していた。目で追うとその先には幼い猫型獣人が立っていた。
幼い獣人はしばらくはぼーっとしていた様子だったがやがてハッと我に返るとその場に座り込んで服で体を隠す。
「わーっ!なんでぇ~っ!私、体が…」
にわかには信じられないがどうやらミヘラのいた場所で大き過ぎるサイズの服で体を隠そうとしている獣人幼女はミヘラらしい。
ミヘラ一行は妖精を探し回った。ファイマーの推測によればすぐ隣の森から来たのだろうと言う事で目が覚めたドラゴス教団と鉢合わせにならない様にさっさと森を出て、ファイマーの言う妖精の森へ向かった。彼らが妖精の森に戻って来る可能性も考え細心の注意を払いながら妖精を探した。
いつもは冷静で落ち着いた様子のミヘラは珍しく怒りを露わにしてずんずんと足音のなりそうな足取りで森の中を突き進んでいく。その力強い歩行の割にはディギンスやファイマーより静かな足音なのでディギンスは時折笑いを堪えていた。
「むきーっ!覚えてなさいよーっ!恩を仇で返すなんてあり得ないあり得ない!」
ミヘラの着ていた服は今のサイズのミヘラには合わないため、教団の服をワイルドな感じに巻いて服にした。
「ミヘラ、あまり先に行くと危ないよ。僕達の近くを離れないで」
「ふーんだ。私はとっても強いんだ。どんな魔物が出て来たってバシュッバシュッってやっちゃうぞ!」
「ファイマー、姿だけじゃなくて言動も幼くなってる気がするんだけど…」
「記憶は保持されてる様に見えますが、どうやら人格が体の年齢に引っ張られている様ですね。できるだけ急いだほうがいいかもしれません」
幼くなったミヘラは一挙一動が非常に素早い。いつものミヘラは人間やエルフに歩調を合わせる気配りをするが幼く興奮状態にある彼女は周りが見えていない。時には虫や小動物と遊んだりもしていた。幼い彼女に振り回されディギンスもファイマーもいつもの旅以上に疲れた。休憩をすると呼ぶと駆け寄ってディギンスの膝の上に乗って寛いだりした。
ディギンスは一刻も早く元の姿に戻さなければと思う一方で、天真爛漫ではしゃいでいる彼女に癒されてしまっている事に自己嫌悪したり複雑な心境だった。ファイマーは相変わらずマイペースで割には焦ってる風には全く見えない。
そうこうしている間に辺りが暗くなって来た。霧も出て来る。これ以上の探索は危険と判断して一度森の入り口付近まで戻って野宿をする事になった。しかし、いよいよ森を出ようと言う時にミヘラが行方不明になってしまった。ディギンスは取り乱して探そうとするがファイマーが止めた。
ミヘラは獣人であるため鼻が効く。人間やエルフがアテもなく探し回るより一か所に留まった方が彼女は見つけやすい。あるいは妖精と接触して元に戻すように説得しているかもしれない。いつものミヘラほどではないにせよ身のこなしからこの辺りの魔物に暮れを取るような彼女ではない。そうした説得で何とか森へ向かおうとするディギンスを引き留めた。
ファイマーがミヘラが妖精を助けようとしたのを止めた理由は彼らの行動が予測不能で突発的であるためであるが、他種族の大人の様に心から悪意を持って行動を起こす事は稀なので話し合う事ができれば説得は可能かもしれない。そんな風にも言っていた。
ドラゴス教徒が悪い集団である事は周知の事実であるが、加害者と被害者と言う先入観から妖精が何故鳥籠に捕まったのかという単純な事に疑問を持てないのはこれからの旅で危険になるかもしれない。ディギンスはそう肝に銘じた。
一方、ミヘラは妖精の住処に着実に近付いていた。
「すんすん、すんすん。変わった匂いが強くなって来た。こっちだな~」
彼女が振り返るとディギンスとファイマーがいない事に気が付いた。
「はぁ~もう、皆して迷子になっちゃったよ。私がいないとダメなんだから」
彼らを捜索する前にまずは妖精と接触しなければ。ミヘラは妖精の匂いを追って行く。
「あれ、でも何で私妖精を追ってるんだっけ。ん~…」
夜遅くまで友達と遊んでいたとあっては父や母に叱られてしまう。そんな事を考えていると、病床で息を引き取った母と自らの手で殺害した父の記憶が蘇った。
「ひっ」
トラウマがトリガーになって記憶が明瞭になる。彼女は何度か木に頭を打ち付けた。
「ヤバい。急がないと記憶まで…」
ミヘラは大人として過ごして来た辛い記憶を思い出しながら何とか大人としての人格を保つ様にして妖精を探す。やがてミヘラは妖精2人が両手を繋いで身を寄せ合っているのが見えた。
「ちょっと2人ともいいかな」
「「わあっ!!」」
妖精2人はドタドタと各々身動きしようとして転んだ。繋いだ両手が離せないでいる。
「じゅ、獣人!私達を食い殺しに来たの!??」
「食べても美味しくないから!…ってあれ、この獣人どこかで見た事ある」
「ああ、そうだよ。昼助けてもらったあの…」
「そう。あの獣人が私だよ。元の年齢に戻して欲しいんだ」
妖精達はお互いに顔を見ると首を傾げた。
「「おかしいなあ、短命種はいつまでも若いままでいたがると聞いたのに」」
いつまでも若くありたい気持ちはミヘラにもあったが、これでは若いと言うより幼いだ。そうでなくても当たり前に年を取って当たり前に死にたいと考えている。妖精はいつまでも幼いままで時が止まっているからこれが彼女たちにとっての若くある事のつもりなのかもしれないが。やっとの事で彼女らの善意がミヘラに返って迷惑をかけていた事に気付いて謝った。どうやらただの悪戯ではなかったらしい。
それでは快く元の姿に戻してくれるのかと思えばそれができないらしい。
「ええ…困るんだけど。どうしてできないの?」
「ピィー…。ああ、この子がピィーって言うんだけどこの子ドラゴス教に捕まった際に身体の器官を壊しちゃって。今はこうして手を繋ぐ事で私から力を与えてるんだ。戻してあげたいけど私もあまり力が残ってないから、うーん…」
「イィー…ああ、この子をイィーって言うんだけどこの子もお腹空いているんだ。でもドラゴンが大陸で暴れてる影響もあって魔物がこの辺りにいてさ。花から力を得るのも一苦労でね。ごめんね、私がドラゴス教団の所で悪戯なんてしなければ…」
「あなた達がお腹いっぱいになれば私を戻せる力を出せる訳ね。そう言う事でしょ?」
「「そう言う事!」」
辺りもすっかり暗くなって来た。ディギンス達がミヘラを心配して探し回っているかもしれない。とにかく早く事を済ませるためにも妖精達を護衛しながら花の力を集めるのを手伝う事になった。
ピィーは隠れ、イィーが花に近付くと力を自分の身体に集める。花から力を吸収している最中は発光する。これにつられて魔物が寄って来る。幸いにもそれほど強大な魔物がいなかったので何とかミヘラだけで討伐、撃退できた。
「さすがにしんどくなって来たわね。まだ力は足りないの?」
「ごめんねー、後2本か3本ぐらい!」
「お姉ちゃん、頑張って!」
お姉ちゃん…。一人っ子で年下の弟か妹が欲しかったミヘラはその言葉が少し嬉しかった。しかし妖精の方が随分年上なのでは…なんて思った。
「お姉ちゃんはよしてよ。私の方が年下でしょ?」
「「それは難しい質問だね。私達の寿命は短くすぐ死ぬけど、すぐに復活するから」」
「連続的に続くこの意識を生きてる事にカウントするなら私は確かにあなたのお姉ちゃん」
「私がイィーだった事もあるし、イィーがピィーだった事もある。私達は妖精。生命のサイクルが早いから、誰かであって誰かじゃない」
「あなたも妖精になればいいのに。妖精の暮らしは楽しいよ」
イィーとピィーは両手を繋いで身を寄せ合い妖艶に笑う。ミヘラはしばらくその光景に見惚れていたが、やがて笑って首を横に振った。
「遠慮しておくわ。私はきっと苦しみを求めて争う生き物だから。死生観も価値観も違う」
最後の花を見つけるとイィーはその花から力を吸収し、ピィーに分け与える。それから2人は力を使ってミヘラを元の姿に戻した。
「「気が変わったらきっとこの場所に戻っておいで。妹にしてあげるから」」
「その時はお願いするわ」
そうしてミヘラは妖精達の住処を離れ、魔物をやり過ごしたり倒したりしながらディギンス達の所を目指す。余程探し回っていたのか匂いがあちこちあって追うのには時間がかかった。やがて焚火の傍で寝ているディギンスと近くで笛を吹いているファイマーの姿が見えた。葉音に気付いてファイマーがこちらに気が付いた。
肉の焼けるいい匂いがする。ミヘラが彼らの元に向かうと、辺りには魔物の肉やら粉やら色んなものが散乱していた。
「おや、元の姿を取り戻したのですね。心配しておりましたよ」
「心配かけてごめんね。それより寝なくていいの?もうそろそろ朝だけど」
「エルフの朝は早いのです。私は旅に備えてやる事があるのでミヘラは少し眠った方がいいですよ」
ミヘラは大きくあくびをすると背伸びする。
「そうね。そうさせてもらうわ」
ミヘラはすぐ近くで寝ているディギンスの傍で寝た。
「ヘブショッ!!」
ディギンスがくしゃみをした。トロエマニの国境を越えたあたりから寒さが増して来た。ミヘラやファイマーは多少涼しく感じる程度だが人間であり軽装だったディギンスは体調を崩す程寒い様だ。大丈夫だと繰り返すがとてもそうは見えなかった。ドラゴス教徒の服で重ね着すれば多少は寒さも凌げるだろうものの町中をあの服装で出歩くわけには行かない。
ミシラに着くと、せっかくデルダクルで大金を貰ったのでいい宿を見つけてそこに泊った。ミヘラは寝室にディギンスを寝かせるとこれから厳しくなりそうな寒さに備えてファイマーと一緒に防寒着やブランケットを買いに行った。
宿に帰るとミヘラが買って来たディギンス用の服があまりに愛らしいデザインの物ばかりだったのでディギンスはやや苦笑いしていた。
「可愛いじゃん!絶対似合うって!」
「まだ何も言ってないよ。嬉しいよ、ありがとう」
「ほーら、私が着せてあげるから。はいばんざーいして!」
「自分で着るから…」
妖精の森での一件以降、元々年下の弟妹が欲しかった事を思い出したミヘラは飢えた家族愛をディギンスにぶつけていた。ディギンスはディギンスでやけに姉ムーヴの増えたミヘラに困惑しつつも満更でもなかった。新しい方向性でいちゃいちゃしだした2人をファイマーは孫を眺める祖父の様な目で眺めていた。
風邪を引いたディギンスに看病するミヘラ。ファイマーは野暮用があると言って小銭を握って外に出た。ドラゴス教団について調べるためだ。デルダクルで縄で縛った連中がこの辺りにいるかもしれない。ファイマーはいつもより慎重に調査を行った。
ディングルディル大聖堂に向かうのにどこを通るべきかも兼ねて調査しメモに記した。ファビスターが暴れる事でドラゴス教団とはまた別に火事場泥棒が出始めているようだ。大陸を出るための金に充てようとしているのかもしれない。ディングルディル大聖堂のあるリーロエルに向かうには敢えて真っすぐ突っ切ってドラゴンに滅ぼされた町、ファウダーンを通った方がいいだろう。ファイマーはメモにペンを走らせているとあるものを発見した。
「おや…ドラゴス教団ではありませんか」
町中で堂々と教団の服を着て集団行動をしている。町民は彼らを恐れて避けた。ファイマーはこっそり隠れながら行先を追う。やがて彼らはそれなりに立派な建物の中に入って行った。
「これは好機ですね」
ファイマーは荷袋の中から教団の服を取り出して着替えようとする。
ドッ…。
鈍い音がした。ファイマーのお腹から美しい意匠のされた金属の右腕が生えている。腹部に血が滲み垂れ始めた。僅かに振り向き首を後ろに向けるとそこには端正な顔立ちの青年がいた。彼は腕をファイマーの腹から抜く。彼は膝をついて倒れた。
青年はファイマーを仰向けにすると右腕の義手に魔力を込めて刃を作る。そしてファイマーの胸板の上に跨った。
「ドラゴス教団に仇為す者には死を」
ファイマーは魔法を唱えたが、すぐにその首は切断されてしまった。青年はその首を持って建物の中に入って行った。
スズメバチに襲われる夢を見たんだ。起きるまで刺されなかったけど全然諦めてくれなかった。何か怒らせるような事をした覚えもない。いっそ叩き落とすべきかとか考えたけどそうするともっとヤバい気がした。どうすれば良かったのかな