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双眸の涙  作者: リグニン
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第1話 ドラゴンを殺す涙を求めて

あまりに大昔の話で誰もが子ども達に読み聞かせるお伽噺の中にのみ存在するものかと思われたドラゴンは再び人々の前に現れた。かつては彼らを絶滅の危機にまで追いやった人々だったが、永い年月を経て殺す方法をすっかり忘れてしまった。

種族の繁栄は途絶え滅びの一途を辿るばかりかと思われたが、希望はまだ潰えてはいなかった。ドラゴン殺しの方法を知る、ドラゴン殺しの血族がいたのである。希望の名はミヘラと言った。


※本作は別作品、2階からパソコンの作中作です。併せて読まないとイマイチ腑に落ちない箇所や意味不明な展開が徐々に増えると思いますが、では2階からパソコンを読めばすっきりするかと言われればそうでもないです。そう言う物語なんだ。本当に申し訳ない。


お伽噺は村々を焼いたりはしない。子供が寝る前に聞くお話の世界から飛び出したかのようなその現実はどこからともなく現れては辺り一帯を火の海に変えてどこかへ消えていく。彼らはかつてそれをドラゴンと呼んだ。ヒュマニ大陸中が騒ぎになり、混乱に陥った。


百戦錬磨の戦士達は臆する事無く立ち向かったが悉く敗れ骨も残らなかった。かつてはドラゴンを絶滅まで追いやった人々は天敵を失い、永い歴史の戦火と共にその命を奪う技術や魔法の記録も燃やし忘れ去ってしまった。


大陸中に影を落としたドラゴンと言う脅威の翼膜の中で民は今日が命日か今日が命日かと怯えて暮らすしかないのかと悲嘆していたが、覆われた影には僅かに瞬く小さな光があった。その光の名前をミヘラと言った。ミヘラは愛らしい耳や尻尾を持つ猫型の獣人だ。かつてドラゴンを滅ぼしたとされるドラゴン殺しの血族の末裔の1人である。彼女は今、病に伏せる父を看病していた。父は娘にある物を差し出した。


「ミヘラ。過酷な運命を背負わせる父を許して欲しい。お前はドラゴン殺しの血族としてドラゴンを殺さなければならない。これを受け取るんだ」


父から受け取ったのは砂を入れた小瓶だった。


「ドラゴンを殺すにはこの世界に降り立った女神の涙がいる。女神は今、この大陸の最北の国、トロエマニのディングルディル大聖堂で物言わぬ石像となって眠っている。これは彼女の母星の砂だ。見れば涙をこぼす…そう言い伝えられている。その涙をその小瓶に入れてハ・トエに住む我が友デュマリに渡すのだ」


「そんな、私がこの家を去ったら誰がお父さんの看病をするの??」


「お前は自身の家族にも、この家にも、故郷にも未練を残してはならぬ。壁に飾っている剣で私を殺害し、家を焼いて故郷を出るのだ。そして二度と戻るな」


壁にかかっている剣はミヘラが幼い頃から決して触れてはならないと口酸っぱく言われていた。人殺しの道具であるため忌々しく思う反面、戦場で散っていた友の形見であるため捨てるに捨てられなかったらしい。彼はその剣を手入れする事をただの1日も怠る事はなかった。体が思うようにならなかった時でさえもだ。


それを我が娘に手に取り、自身を殺せと頼み込んでいる。ミヘラの目は穏やかではなかったが、動揺を滲ませている様でもなかった。言われるままに壁にかかった剣を取り出し鞘から刃を抜いた。


「お父さん、お休み。お母さんによろしくね」


「ああ…私はお前の様な立派な娘を持てて幸せだ。いつも傍で見守っているぞ」


ミヘラはその場に腰を落とすと父の首を皮一枚残して斬った。それから刃を拭くと買い物にでも出かける様な足取りで家の周りに薪を置き、小枝と枯草のある場所に火の呪文を唱えて火を点け燃え上がるのを待った。無事に火が家を回るのを確認するとそのまま振り返りもせずに立ち去った。


今のミヘラの隣を通った人物がその顔を覗き込んだ時、まさか親殺しをして家に火を放ってきたばかりとは誰も思わなかっただろう。しかしその胸中は母が流行り病で死んだ時と同じぐらい荒れていた。それも、もう彼女を慰める人物は誰もいない。


ミヘラは北へ向かう。剣と僅かな金を携えて。





ドラゴンに怯えながら暮らす人々を尻目にずんずんと北を目指して突き進んでいく。草木を揺らしながら体毛を撫でる追い風が自身を急き立てるかのようだった。段々と辺りが暗くなって来た。野宿とあれば安全な場所は少ないだろうが木の上で眠れば多少はマシだろうかなど考えていた。


町を2つほど越えた頃、松明を持った集団に出会った。彼らはドラゴス教徒だ。ドラゴンを崇め、忠誠を誓う事で自分達だけでも生かしてもらおうなどと考える狂った教団だ。彼らは頭からボロ布を被って奴隷達を連れていた。この時代、奴隷も奴隷商も珍しくない。気分のいい光景ではなかったが、目先の正義感に囚われる様では大義は成し得ない。


痛む心を誤魔化し目を背けようとすると、奴隷達の1人の男の子と目が合ってしまった。僅かに発光しているかの様な、宝石の様な美しいブラウンの瞳。ミヘラは生まれて初めて誰かの瞳から目が離せなかった。男の子も教団に背中を小突かれるまでミヘラの瞳を眺めていた。


ミヘラは大変心優しい獣人の女の子だったが、一時の感情に流されて行動を起こす事はなかった。幼い頃に怪鳥に攫われた日、半ばパニックになりながら探す親とは反対に空から帰路を眺め雛のいる巣から独力で自宅に帰った。人攫いに捕まりかけた時は指笛で魔物を呼び出し混乱に乗じて逃げた。山賊が村を襲った時は近くにいた鶏の首を斬って血を服に浴び、死体を草むらに隠して死んだふりをした事もある。


「助けなきゃ」


この時、平生であればドラゴス教団の中から奴隷を助けようなどと考えたりするようなミヘラではない。まるで運命の糸に操られた様に教団を追うミヘラ。やがて教団達の集落に着いた。奴隷達は木で作られた檻の中に入れられる。狭苦しく1人1人が寝るには充分なスペースはなかった。教団達は辺りで寛ぎ始める。


ミヘラは木に登って辺りを観察しどうやって先程の男の子を助けようかと考える。檻の中で彼を探した。すぐに見つかった。驚くべき遠くから離れた距離にいながら正確にミヘラの方を見ている。


『お姉ちゃん、綺麗な目をしているね。とっても綺麗な緑色だ。宝石のよう』


どこからともなく声がした。ミヘラは焦って周りを見渡すが声の主はどこにもいない。


『ここらはドラゴス教団の縄張りだ。僕達と同じ奴隷になりたくないなら早くこの場を去った方がいい』


「敵意はないようね。誰なの?出てらっしゃい」


『僕はディギンス。君から右から2番目の檻にいる、肩まで伸びた黒髪の冴えない感じの男の子が僕だ。分かるかな』


ミヘラはやっとの事で自身に語り掛けている対象を把握しだした。ゆっくりと視線を戻し、先程見つめていた男の子の方を向く。再び目が合う。どうやらなんの偶然でもなく確かにディギンスはミヘラの方を見ているし、語りかけている。


「信じられない…。テレパシーって奴…?」


『感受性が高くないと言葉を発信しても届かないんだ。君とこうして会話が出来て良かった。まあ、それはそれとしてさっきの忠告の通りだ。早く引き返した方がいい』


「それはできない。私、あなたを助けるつもりでいるもの。その能力を見込んでお願いがあるの。協力してちょうだい」


『気持ちだけで結構。帰って』


「どの道私達はすぐに出会う事になるわ。檻の外か、檻の中か。どっちがいい?」


『ははは、素敵な口説き文句だ。それじゃダーリン、僕をここから外に連れ出してくれる?』


「そのダーリンってのはよして。私はミヘラよ」


『よろしく』


ミヘラとディギンスは笑った。ミヘラはディギンスに助ける作戦を考えるために周囲の情報を提供する様に頼んだ。周囲に燃えそうな物があるので火を点けて混乱に乗じて助ける事もできるが、煙や火が回る前に彼らを解放して連れて行かなきゃいけない。


周囲には多少なりと魔物がいるので指笛を使って刺激すれば襲わせることができる。教団の数が多いので時間稼ぎが関の山だろうが上手くやれば奴隷を解放するぐらいはできるはずだ。問題は逃げ出した奴隷達が魔物に襲われる事だ。


お酒に毒を盛る方法もある。教団達はお互いを労うためか、あるいはそういう儀式なのかお酒を飲む予定があるようだが、奴隷に酒は振る舞われない。しかし、あれだけの人数分の毒を調達するのは容易ではない上にあまり味が変われば怪しまれる。


『考えられる作戦はこのぐらいかな。どうする?』


「酒に毒を盛り、指笛で魔物を呼んで襲わせ、騒動の間に集落に火を点けて奴隷を逃がす」


『いいね。気に入った。それで毒はどうする?』


「ピピルの花から毒を作ろうと思う。手足がしびれてしばらくは思うように動かなくなる。少量で効果的だよ」


『確かに辺りには沢山咲いているね。でも1つ辺りから採取できる毒の量は多くないから時間はかかるし、即効性だから乾杯までに間に合わないと仲間の異変に気付かれるリスクもある』


「他に有用な毒がない」


『カリュヤの蜜を酒に混ぜるんだ。あれなら短時間で十分な量が採れる』


「カリュヤの蜜に毒があるなんて聞いた事がない」


『カリュヤにかぶりつく魔物はいないけど、その蜜は多くの魔物にとって好物なんだ。蜜は口に含む事で匂いを放つ様になる。ドラゴス教団は僕達より魔物に襲われるリスクが高くなる訳だね』


「上手く行くといいけど。それじゃ、カリュヤの蜜を入れる入れ物を探してくるよ」


ミヘラは木を下りると草陰かが草陰へ移りながら気配を消して彼らの近くに忍び寄る。容器として使えそうで、かつ持って行っても騒ぎにならない物はないだろうか。食器は人目が多過ぎてとても盗めそうにない。しかし辺りに落ちてるゴミに容器として使えそうな物はどこにも見当たらなかった。


ふと、物音がしてミヘラはそちらの方へ目をやった。何やら教団2人がこそこそと話し合いをしている。気になって耳を傾けた。


「どうだ、収穫はあったか?」


「もちろんよ。これでどうだ」


教団の1人がもう1人に何かを見せている。最初は期待に満ちた顔をしていたがすぐに怒りで顔を真っ赤にして怒る。


「誰がこんなガラクタを欲しいと言った!もっと金目の物を持って来るんだよ!馬鹿!」


怒った教団が『ガラクタ』を叩いて捨てる。もう1人はもったいないと拾おうとするが、他の教団に声をかけられると2人は急いでそちらに向かった。ガラクタの中にはお鍋があった。貴金属ではないがそれなりに硬度の高いものだ。これは使えそうだ。ミヘラはニヤリと笑った。


それを持ち出してカリュヤの蔦を切り、切り口から流れる蜜をお鍋に溜める。欲しい量はあっという間に溜まった。ミヘラはその切り口に僅かに残ってる蜜を眺めて舌なめずりをする。彼女は家を出てからまだ何も口にしていない。お腹も減って来た。一口だけ、一口だけ舐めたいと言う欲求に駆られる。


『蜜集めは順調かな?』


「も、もちろん。今からお酒に混ぜに行く所だよ」


『…飲むのはもちろん、舐めちゃ駄目だよ』


「ははは、心配し過ぎだよ~」


『ははは』


ミヘラはキョロキョロする。ディギンスのいる檻からここは見えない。一口ぐらい舐めてもバレないだろう。そう思って彼女はカリュヤの蔦を握ると舌を伸ばす。


『ミヘラ、その舌を引っ込めるんだ』


「ひょっとして千里眼も?」


『いいや、でもそんな事だろうと思った』


仕方なくミヘラは諦めてカリュヤの蜜を教団達の酒に混ぜた。見張りはいたが気が緩んでいる様で難なく仕込む事が出来た。待ち時間の間に魔物の位置の確認をしてどこで指笛を慣らすべきか、どう誘導すべきかなど考えた。下手に教団のテリトリーに入ろうとしないだけでそれなりの数はいるようだ。


教団が乾杯をして酒を飲みだした。多少は酔いが回った所で魔物をけしかけようとミヘラは彼らの様子を注意深く観察した。スン、スンスン。ミヘラが匂いを嗅ぐとカリュヤの蜜の良い匂いがして来る。辺りの魔物もこの匂いに釣られて寄って来ている。


ミヘラは待ってる間に近くで殺した魔物の体毛に身体を擦り付けて匂いを体に移す。これで多少は背中から襲われるなんて言うリスクを減らせる。それに、身に纏った鼻につく悪臭のおかげで空腹感もどこか遠くへ飛ばす事もできた。


酒が回って来た頃にミヘラは指笛を吹いた。特定の音域を発して魔物を興奮させ、ドラゴス教徒にけしかける。2、3匹と前に走り出すと一斉に駆けだす。彼女が想像したより少し数が多過ぎたかもしれない。背後には充分に気を付けたが襲って来る魔物はおらず思ったより簡単に奴隷達の檻に近付く事が出来た。


教徒が魔物と戦っている間にミヘラは手早く火の魔法を唱えて周囲に火を放ち、それから檻の前に立った。檻にかかっている錠前はもはや鍵を探す必要さえ感じない程にボロボロで、剣で叩けば壊れるほどだった。まぁ魔物と真っ向から戦える教徒達に囲まれながら逃げ出そうなんて考える人々はいなかったのだろう。


「皆、逃げるよ!安全な場所まで移動するからついて来て!」


そう言ってミヘラは駆け出す。檻から出て来た人々は一斉に逃げ出す。ディギンスは勝手に群れから離れて行動を始めた。


『ディギンス!??何やってるの!!!』


走りながらも動揺するミヘラ。


『ちょっと野暮用がるんだ。僕の事はいいから先に行ってて』


言葉で発せずとも考えるだけで彼には伝わる様だ。ミヘラは困惑しながらも集団を導いていく。彼の姿はあっという間に見えなくなった。森から街道へ向かう途中、現れた魔物を切り伏せて前進する。ディギンスはこうしてる間にも殺されたんじゃないか、大怪我をしたんじゃないかとあれこれ考える。その度にしつこく『大丈夫だよ』と頭に聞こえた。


『ディギンス、いい加減にして!どこで何してるの!!』


『今は目の前の事に集中するんだ。1人でも無事に逃がしたいならね』


ミヘラはひとまずディギンスを忘れる事にして突き進み、安全な場所まで集団を連れて行った。それからここから安全に逃げ延びる経路を説明し、早急にこの場を去る様に勧告した。ディギンスは未だに姿を見せない。


来た道を戻ろうかと彼女は考えたが気が付くと自分達を囲む様な大きな魔法陣が浮かび上がっていた。ミヘラは急いで魔法陣から出ようとしたが足が動かない。周りの皆も同じ様に動けないでいるようだ。術者を探して辺りを見渡していると、逃げて来た民の中から動ける3人が前に出た。


「何の騒ぎかと思えば…。小娘め、やってくれたな」


ミヘラは青ざめた。逃げて来た集団にドラゴス教徒達が紛れていたのだ。動く腕で剣を握り抵抗しようとするが、金縛りの範囲が足元から胸元まで広がる。


「うくっ…」


「誰の差し金だ」


「誰の差し金でもない。奴隷商なんて反吐が出る所業をしてる馬鹿にきつめのお仕置きをしてやりたかっただけよ」


「とぼけんじゃないよ!!」


1人がナイフを取り出しミヘラの首元を僅かに突く。刃先から僅かに血が垂れた。


「あんたいい毛並みしてるじゃないか。皮はそれなりに高く売れそうだ」


首元に突きつけられたナイフに僅かに力がこもる。刃がほんの数ミリほど中に食い込んだ。


ドサリ。


教団の1人が倒れた。背中には矢が3本刺さっていた。矢が飛んで来た方角を向いた男の眉間と首と鎖骨の間に矢が刺さった。


「なんだ、何の騒ぎだ!!」


術者の力が弱くなりいきなり動ける様になったものでミヘラは体のバランスを崩してその場に尻餅を搗いてしまった。振り向き際に2人の死を知った1人が驚いて目を皿の様に開いていると左肩と首と口の中に矢が刺さって倒れた。


矢を放った相手はドラゴス教徒だけを狙撃した様だが、身の危険を感じた人々は蜘蛛の子を散らすようにしてこの場を走り去っていく。まだ狙撃対象がドラゴス教徒だけと決まった訳ではない。ミヘラもすぐに移動を開始して森の方角から遮蔽物になる物を探した。


『ごめんごめん、驚かせちゃった。今のは僕だよ』


『ディギンス?ディギンスなの??』


『念のために近くにドラゴス教徒の残りがいないか確認しながら向かうから適当な所で待ってて』


まだ生き残りがいないとも限らない。ミヘラはハッとして周囲を警戒しながらディギンスを待った。しばらくするとディギンスはショルダーバッグを肩からかけ、両手にボウガンを持ってこちらに駆け寄って来た。


「やあミヘラ、こうしてちゃんと目の前で挨拶するのは初めてだね。怪我はない?」


「え、ええ。おかげで。凄い腕前ね。何で捕まったの」


「ちょっとドラゴス教徒に用があって跡を付けてたんだけど、バレてしまってね。背後を取られてガツン!後は武器を取られてあの有様」


「何でドラゴス教徒なんて付け回してたの。入信したかったなんて言わないよね」


「まぁ、込み入った事情があるんだよ。とにかく助けてくれてありがとう。何かお礼をしたい所だけど…手持ちにはこれぐらいしかないな」


そう言ってディギンスはバッグからパンを3つ取り出した。ミヘラは今更になってお腹が空いていたのを思い出した。今すぐにでも食べてしまいたい気持ちだったがディギンスの方が年下で、ロクに何も食べさせてもらえなかったに違いない事を考えて遠慮した。ディギンスは私物を取り戻した際に盗み食いして来たから大丈夫だと言って聞かない。どうしても受け取らないのならこの場に捨てるとまで言いだしたのでミヘラは折れて受け取る事にした。


「ディギンスの故郷はどこ?遠ければ近くの人里まで送るけど」


「山の向こう側だね。麓に誰も使ってない小屋があるんだ。今日はそこに泊まるよ。ミヘラはどこから来てどこに向かう途中なのか知らないけど、野宿をするぐらいなら一緒に来る事をお勧めするよ」


「そうね…そうしようかな」


どの道ディギンスの言う山はこれから通る。ミヘラはディギンスと一緒に辺りに注意しながら道を進み小屋に向かった。途中で湧き水があったのでパンを食べ、水を飲み、水筒の中身を交換した。


やがて件の小屋に着くとミヘラは床に寝転がり体を思い切り伸ばした。少々だらしないとは思ったが、旅の疲れは想像よりも大きなものらしくミヘラはそんな事に気を払うほどの余裕がなかった。


襲って来る眠気を前に、ふと本当に眠っていい物かと考えてしまう。ここにいるのはディギンスとミヘラだけだ。彼だって疲れて今にも眠ってしまうかもしれない。そうなったら、この小屋に魔物やドラゴス教徒の様な危険な何かが現れたら…。ミヘラは自身の頬を叩いて上半身を起こした。


ディギンスは扉が開かない様にちょっとした細工をして部屋の隅で寝た。かなり疲れていた様ですぐに寝息が聞こえて来る。そうだ。ディギンスはそれでいい。私は壁に背を付けて入り口側を見ながら必死に眠りを堪える。


一夜明けて次の町に着いたらちゃんとした宿を取ろう。そしてそこで寝よう。そんな風に考えながらミヘラは扉を睨みつけ続けていた。





「…大丈夫?ねえ、ミヘラ」


声が聞こえた。ディギンスが心配そうにミヘラの顔を覗き込んでいる。


「ハヴァッ!!」


「んぐっ!」


ミヘラが勢いよく体を起こしたものでディギンスに頭突きをする様にぶつかってしまった。ディギンスは後ろ向きに倒れる。ミヘラはハッとして倒れたディギンスのそばによって安否を確認する。


「ごめん!!大丈夫…?」


「うん…多分」


どうやらミヘラは眠気に耐え切れず眠ってしまったらしい。無事に朝を迎えられたあたり敵襲の様な物はなかったようだ。ミヘラはホッと胸をなでおろす。


「まだ寝かせておきたかったんだけど、酷くうなされてた様だったから起こしちゃった」


「そんなに酷くうなされてた?」


ディギンスが指を差すとミヘラが寝ていた場所の床が爪で何度も掻き毟られて酷い有様になっている。今までこんな事はなかったはず、ミヘラは困惑した。これまで平気なつもりでいたが自身が思っているより大きなストレスを抱えている様だ。病で死んだ母や殺した父を思い出して思わず目が潤んだがミヘラはぐっと悲しみをこらえる。


この小屋は今は誰も使っていないと言っていた。もし次の機会に使う人がいれば…と思う気持ちもあったがあまりのんびりしている暇もないのでミヘラは諦めてさっさと出発する事を決める。ディギンスはまだバッグにパンを入れていたらしくそれを分けてくれた。


2人で食事をしながら少しお喋りをする。


「ミヘラはこれからどこへ行くの?」


「北の遠い所」


「北はドラゴンが今暴れてるって聞くよ。行くなら南の方がいい」


「まあ、私も込み入った事情があってね。そういう訳にはいかないんだ」


「ははは。お互いに話せない事だらけだね」


ディギンスが笑うとミヘラも一緒に笑った。どの道すぐに別れる事になる仲だ。ミヘラはこれ以上お互いに詮索するのも慣れ合うのも無駄だと思い、片づけを済ませるとここを発つために立ち上がった。まずは彼を家に送り届けないと。ディギンスも服の埃を叩いて立ち上がりバッグを背負った。


ミヘラが先に歩き出す。数歩歩いても後ろからディギンスがついて来ない事に気が付いて振り返ると彼は何か言いたげに立ったままミヘラを見つめていた。


「実は僕も北へ向かうんだ」


「断っておくけど、お姉ちゃんとのデートはあなたの実家までよ」


「この星で最後のドラゴンを殺すために」







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作者の物語(2階からパソコン)と作中作(本作)を1話ずつ交互に投稿していきます。話の整合性はちゃんと取れるのか、そもそも完走できるのか、不安しかありませんが…まあ何とかなる!なるといいな…!

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