表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話 美醜の悪魔

 真夏の暑さは、狭いワンルームに『男女の匂い』を飽和させた。ベッドの中でヒロコは、隣で眠る夕輝(ゆうき)の横顔を眺める。


「凄く、綺麗」


 彼女は独り言を漏らしたが、人の顔に『美醜』はない。綺麗だと思うのは、ヒロコの主観だ。


 それと同じように『善』『悪』も、人間が勝手に創った価値観にすぎない、と、ヒロコは思いたかった。


 なにせ、夕輝は、まだ十四歳の少年だし、ヒロコには、戦地に行った、足立という婚約者もいる。


 もし、善悪があるのならヒロコは、とんでもない『悪女』だ。そして、十四歳の美少年を愛する二十四歳の彼女は、自分自身を、こう思った。


「やっぱり、私って、変態かな」


 その独り言を聴いて、夕輝が目を覚ます。


「ヒロコさん、何か言った?」

「ううん、別に」


 美しい。美し過ぎる、この少年の顔は。


 こんなにも美しいものを見れば、誰でも、心を奪われるに違いない。ヒロコは心の中で、


「 決して、私は『変態』ではない。特別に選ばれた『幸せ者』だ」


 と、自分を肯定する。彼女は、この美しい少年に色々な事を経験させたし、夕輝の方も『欲求』として、ヒロコの体を求めている。女として、これ以上の幸せはない。


「夏休みの宿題は?」

「そんなのは、やらないよ」


 ヒロコは夕輝の母でも姉でもなく、無責任な『快楽提供者』だ。本音の話で、ヒロコには夕輝の『学力』も『将来』も、どうでもよかった。


 ヒロコに必要なのは、今、この瞬間の『多幸感』だけだ。


「勉強をしても、戦争で、この国の将来は、どうなるかわからないし」


 夕輝は少年らしい、自分勝手な言い訳を吐いたが、ヒロコも、また、その心中で、


『戦地に行った足立さんは、戦死するかもしれないし、戦争が本州にも広がれば、私も、死ぬかもしれない。だから、今、この瞬間が大切なんだ』


 と、もっともらしい言葉を並べ、すべてを戦争のせいにして『自分自身』に『自分勝手』な言い訳を、言い聞かせた。


 こんなヒロコだが、足立が戦地に行った直後は、彼が無事に戻り、結婚することだけが望みであったのだ。


 しかし彼女は、近所に引っ越してきた夕輝と出会ってしまう。これは運命なのか?


 それ以降、二人は引力に曳かれるように急接近して、抵抗を感じることもなく、肉体関係に陥った。


 ヒロコは思う。夕輝は『美しい悪魔』だ。そして、自分は『醜い怪物(モンスター)』だと。 このまま、夕輝と破滅の道を突き進みたい。


 それは、甘味であり、美しく尊い破滅なのだ。


 だが、逆に、ヒロコは、こうも夢想する。時がくれば、夕輝がヒロコから離れていくことは明白であり、その頃合いに、足立が戦争から帰ってきて、何事もなかったかのように結婚する。これも、一つの幸福の形だ。


 ヒロコは、ずいぶんと、身勝手な女性なのだが、しかし、この戦争により、結婚間近の婚約者と引き離されたことは事実である。


 だから、彼女は、戦争の被害者でもあった。


 それ故、神様が『美少年の幻』をヒロコに見せているのかもしれない。


 朝の気だるい時間。二人は身体を絡ませ、互いの欲望を露悪的に、ぶつけ合った。


「あぁ、夕輝、好きよ」


 そして、数日後、ヒロコの元に、婚約者の足立の戦死を知らせる通知が届く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ