第1話 ファランクス小隊
第四次世界大戦が勃発した。東ヨーロッパでの偶発的な軍事衝突は、瞬く間に世界中に広がり、N列島も、北から『極東共和国』の侵攻を受け、北K道が戦場になる。
第四次世界大戦の陸戦主力兵器は『ファランクス』と呼ばれる、二足歩行の装甲兵器だ。
ファランクスの全長は、約3メートル。操縦席は胸部にあり、頭部にはカメラやセンサーが集約されている。長大な槍と強固な盾を持ち、火力は左肩に重機関銃、右腰部に対人用の機関銃が装備されていた。
足立少尉は、国土防衛隊の若い士官であり、開戦、早々に、最前線に送り込まれると、ファランクス小隊の小隊長に任命された。
そして、所属した部隊は山野で、敵を迎撃する体勢をとったが、まだ、交戦はしていない。それでも食料はパックに入った『戦闘糧食』だったし、もちろん風呂には入れない。トイレも山の中で藪に隠れながらしなければならなかった。
「まるで俺たちは、獣みたいだ」
と、足立少尉は、ファランクスの操縦席で、ため息まじりの独り言を漏らす。
ここには文化的な日常は無かった。有るものは、規律と武器と、疲労、空腹と喉の渇き、ありとあらゆる不快感。そして、戦闘と死に対する恐怖だ。
それは、耐え難い肉体的な苦痛であり、また、耐え難い精神的な苦痛でもあった。
足立少尉は不意に、内地に残してきた婚約者のヒロコの顔を思い出す。どうして、結婚間近の、この時期に戦争が始まったのか。彼は自分の運の悪さを嘆いた。
さらに、情報では、敵が、この近くまで迫っているという。いよいよ、敵と交戦するのかと思うと、恐怖が、ジワリと胸を締め付けた。
その恐怖を紛らわすために、足立少尉は、通信機で新兵に呼び掛ける。
「聴こえるか、新兵」
「はい、聴こえています」
「今回は激しくい戦闘になりそうだ。お前は無理はするな。自分の身を守っていろ」
「りょ、了解しました」
その直後、敵との戦闘が始まった。味方からの砲撃支援もあって、戦況は有利に進んでいるかと思われたのだが、
「第二小隊、突撃!」
小隊に突撃を命じた足立少尉が、真っ先に敵の銃弾を喰らう。
ドッ、ドドドドッ、ドオンッ。
「う、うぁッ」
重機関銃が、足立少尉のファランクスを蜂の巣にした。
足立少尉の下半身は吹き飛び、狭い操縦席の中に、血と肉片が飛び散る。彼は瀕死の状態に陥った。
「俺は死ぬのか。神は残酷過ぎる」
と、彼は思いながら、死の間際、この世界の成り立ちの『ビジョン』を見る。
まず、最初に、薄暗い時空があり、その時空から万物の素が飛び出して来る。これがビッグバンなのか?
「元々、万物には名はなく、アダムが万物に名を付けた。ゆえに万物はアダムの『思考』に過ぎない」
これは『神』の声?
「では、あなたに造られたアダムは?」
「もちろん私の思考だ」
「この世界の実像は?」
「その質問をするということは、君も、すでに気付いているのだろう。世界は君の思考そのものなのだよ」
その言葉を聴いた後、足立少尉は妙に納得した。そして、僅かな瞬間、彼は、婚約者のヒロコとの思い出の中を飛んだ。
それは『至福なる飛翔』であり『ヒロコへの感謝の発露』である。最後に足立少尉は、生命としての至福を感じながら、死んでいった。