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#08. Reboot 脱出 [7]
「こんなの忘れてたわ。いつだったか」
ある科学者の自叙伝を、コーヒーを口に含みながら捲っている。
「これ読んでみる?
いいものよ。人の生き方を見るのも」
「なぁ」
少々被せ気味に放つと、彼女はカップを下ろした。
「何か……忘れてない…か……」
ヘンリーの言葉に数回目を瞬き、何かを考えている。
探るように、組み立てるようにだ。
「書類は別に、これで問題無いけど」
(………そう…かよ…)
心底耳障りな声だが、時間を持たせたかった。
吐き気がするが、こんな時はどう切り出すのがベストか、嫌々ながら絞り出す。
「…世話に……なった……」
そして背を大きく向けると、残ったコーヒーを一気に飲み干し、素早く下ろす。
叩きつけてやりたい気持ちを抑えてはいても、勢いは僅かにカップに乗った。
シンクについ、それが滑り落ちる。
この場で唯一大きな音が上がり、彼女が気にして声を掛けてきた。
振り向かないまま平気である事を示すと、背中で声を聞き続ける。
「別に……まぁ、色々あったけど…」
目の前の窓越しに映る薄い彼女の影は、コーヒーを全て飲み切るとテーブルに置いた。
それを見るなり、右口角がジワジワと上がる。
「碌に休みも無かった。貴方も。
先の予定が無いなら、それはそれでいいでしょう。
色々振り返って考えられる…」
つい、鼻で小さく笑いを零してしまった。
「………そんな過ごし方……
余計に思い出しちまうよ…」
「別に、先の為なら、思い返す事も悪くないわ」
彼女がカップをわざわざ運んでくる足音がする。
それに振り向きもしない。
彼女もまた気にする事なく、再びコーヒーに対する礼だけを告げる。
それに頷きもしなかった。
視線はそのまま、壁にかかる時計に向く。
大したやり取りをしなくとも、妙な間隔を設けながら会話していた為、20分が経過していた。
シンクで彼女のカップを手に取ると、引き出しから袋を取り出し、そっと入れる。
思い返す事の何がいいのかと、唇を閉じたまま歯を鳴らした。
「そういや、ジェレクとは話したの?
忙しくしてるみたいね。
あの子は本当、違うわね」
軽々しい発言だ。
単純に、見た目や行動がという意味で言っているのだろう。
しかし、そんな容易く捉えられるような器はもうない。
肩越しに彼女を振り返ると、目にかかる髪の隙間から、眼振を見せた。
SERIAL KILLER ~Back Of The Final Judgment~
初の完結作品丸ごと公開。引き続き、お楽しみ下さい。
2024年 次回連載作発表予定。
活動報告/Instagram(@terra_write) にて発信します。
気が向きましたら、是非。




