[9] 1160.
#08. Reboot 脱出 [7]
数日前、父がこの家を訪れた。
と言っても、10分もいなかっただろう。
祖父の家を出る。
その為、遺品整理も終えて更地にする。
最後の確認をすべく、連絡を入れて来てもらった。
特別な会話は何もなかった。
息子がどこで何をするのか、そんな事はもう、父には一切興味が無かった。
ヘンリーも、言うつもりは毛頭無い。
そしてその日以来、誰からの連絡も無ければ訪問も無い。
レイシャにも、とうとう会えなかった。
今夜は、月も星も無い。
曇り空は、雨でも降らそうかと悩んでいるのか。
キッチンにだけ灯る電球色。
シンクの前の窓に、その空の如く暗い、光のない目を向け、彼女を待ち構えていた。
静まり返る空間に、ノックが響く。
彼は、ジリジリとそこに横目を向けた。
シャルは、静かに姿を現す。
目が合う前に、彼は窓の方へ視線を戻す。
彼女が傍のテーブルまで近づく足音だけを、聞いていた。
「出るんですってね」
彼女にとって、そんな事は全く関係ないだろう。
なのに、ちゃんと知っている。
ベラベラ喋りやがってと、窓に向いたまま、目は黒く震えながら見開いていった。
ポケットの中の右手が、震え始める。
いつまでも背を向けていられないと、俯いた状態で静かに振り返った。
「それ…合ってるか…見て…」
テーブルに置いていたのは、適当に用意した研究組織の解散に関する書類だった。
彼女はそれらを少々手前に寄せ、着席する。
しばらくじっと、細かい字を読んでいた。
仕事の顔に切り替わるそれもまた、直ぐに消してやりたくなる。
「どうするの。これから」
答えるものか。
ヘンリーは自分のコーヒーを左手に、右手で彼女の分を差し出す。
彼女は小さく礼を言うと、それをあっさり口にし、書類に目を通していく。
そう読み込むようなものではない。
なのにそうするのは、顔を合わせにくいからか。
またシンクまで引き下がると、静かにカップを口にする。
どうしようが関係ない。
大体、顔を合わせたくないのはこちらの方だと、カップの縁から開いた瞳孔を向ける。
彼女は、いつまでも返事を寄越さない彼に聞き返す事もせず、コーヒーをまた飲む。
「……残念だわ」
(あ?)
震える瞼を閉じた。
さっさと、飲め。それ一択だ。
「もう、動くようになったの?手」
(……黙れ…)
飛んだ左腕は、今は義手の上から革グローブが嵌まっている。
それに彼女は視線を向けながら、書類をテーブルに置き、カップを口に運び続けた。
「………それ…」
質問に答えないまま、テーブルの端に積んでいた数冊の本を目だけで示す。
彼女はそれを見て、またヘンリーに向く。
「……返すようにって…………アルフが…」
彼女は僅かに目を見開いた。
祖父を名前で呼ぶなど珍しい。
そこに積まれていたのは、遺言書にあったシャルへの返却物。
彼女はそれを手に取ると、少し微笑んだ。
ああ何が楽しい言ってみろと、目は即刻、鋭利になり、震える。
SERIAL KILLER ~Back Of The Final Judgment~
初の完結作品丸ごと公開。引き続きお楽しみ下さい。
2024年 次回連載作発表予定。
活動報告/Instagram(@terra_write) にて発信します。
気が向きましたら、是非。




