[2] 1490.
#08. Reboot 脱出 [7]
#10. Tracking 再回収 [2][8][9]
退院後も療養期間は続いた。
研究所をクローズして3週間目に入ろうとしている。
シャルから何も連絡がなければ、自らする事もない。
久し振りに帰宅した、借りている祖父の家。
引退後、少しして体調不良を訴え入院した祖父。
癌が見つかり、闘病生活を送っていた。
仕事に明け暮れ、顔を出す事をしていなかったが、現状見せられる顔がない。
引き受けた仕事が最悪な状態になり、彼との距離が更に遠ざかってしまった。
そんな事を、庭で一点凝視しながら考えていた。
冷たい秋風が、頭上に枝を伸ばす木々を擦り抜け、音を立てる。
秋らしく色付きつつある葉が、乾いた音を立てて消えた。
呆然と壁に背を預けていると、風に逆らい自由に舞う木の葉に目が留まる。
よく見ると羽ばたいているそれは、葉に似て褐色をしており、黒で縁取られた内側に、白をアクセントとする蝶。
やたらと身の周りを飛ぶそれは、微かに靡く左袖に止まった。
目線はジリジリと、それに向く。
数秒してまた飛び立つのだが、未だ離れないそれは、一体何を求めているのか。
ヘンリーは力無く、右掌を上向きに出してやる。
それは、人差し指と中指に掛かるように止まった。
止まっていながらも、緩やかに羽ばたかせるのは何故なのか。
昆虫に興味を示した事はなく、ただ優雅に模様を揺らすそれを眺めていた。
(……どこか…行きたい……
もっと…遠い…先に……ここは…嫌いだ…)
晴天の光を浴びながら、翼を羨む。
冷たい空気に肌寒くなり、体の痛みが再発した。
鎮痛剤を処方されているが、効いた試しがない。
効果がないのに服用する気もなく、一切触れなくなった。
空咳をすると、蝶は行ってしまう。
今度は高く舞い、時に散る木の葉に紛れて消えた。
呆然としたまま家の中に戻り、慣れない右手で手摺りやドアノブを掴む。
部屋は、皺が寄った紙で散らかっていた。
右手で上手くペンを走らせる事ができず、式の世界に浸れない。
それがもどかしく、波打つ下手な字に塗れた紙を、幾度となく握り潰した。
窓から射し込む光が腹立たしく、乱暴にカーテンを閉めた。
そして、デスクに放置したままの本に目が向く。
目を通すのが4周目に入ったばかりのそれを、デスクに置いて開き、胸の位置まで持ち上げた。
細かく並ぶ字は、仕事や人との接触に繋げる知識ばかりが詰まっている。
コミュニケーションスキルもだが、統率力の養い方。
他にも、人の心理にまつわる法則を例に、営業やプレゼンテーション力を高める方法も含まれている。
数々の本を手にし、何往復もしてきた。
なのに今、最悪のパフォーマンスしか出せていない。
思い浮かぶ案は、部下や側近を困らせるばかりだった。
まだ早い、システムに追いつけないと言われてきた。
振り返れば、学校でもそうだった。
誰よりも先に知識を得て、次々と着手するのは先の学年の内容のもの。
先々行き過ぎてしまう自分は、皆を困らせてしまう。
歩幅のコントロールの仕方が、分からない。
目につく殆どが、旧式に思えてならない。
(……もっと…未来で…生まれたなら……
どうだったんだ……)
ここのところ、気づけば思うようになったそれを、また心で囁く。
「っ!?」
刹那、鼓動が強まった。
急に棒で突かれたような現象に、手にしていた本が落ちる。
咄嗟にデスクについた右腕が、激しく震え始めた。
脈が段々と早まるそれは、入院生活でも時折見せた不整脈。
そこに重なる体の激痛。
失った左腕以外に、どこにも傷は残されていない。
なのに、いつまでも記憶がそれを呼び起こし、体を刺激してくる。
右手の力が抜け始め、立っておられず、徐々に足から崩れ落ちた。
痛みと動悸に息を荒げるまま、傍のベッドのフットボードに激しく背を預けた。
SERIAL KILLER ~Back Of The Final Judgment~
初の完結作品丸ごと公開。引き続きお楽しみ下さい。
2024年 次回連載作発表予定。
活動報告/Instagram(@terra_write) にて発信します。
気が向きましたら、是非。




