[5] 1840.
#08. Reboot 脱出 [7]
ヘンリーにみるみる怒りが滾り、背後の拘束を激しく解こうとする。
瞼を失い、瞳孔が開いた目は血走っていた。
ただただ放せと怒り狂う。
異常な力は上体から大きく起き上がり始め、背後から掴みかかる誰かを押しやろうと必死だ。
そんな中、目だけがシャルに向けられている。
「ヘンリー止まれ!落ち着け!戻ってこい!」
誰かの声は、聞こえない。
ヘンリーは彼女に接近しようと、足を前進させる。
しかし、背後の者が透かさず片足を掛け、動きを固定した。
駆けつけている警備員すら抑制に苦労している状況に、シャルは震えて咄嗟に端のコンピューターデスクまで走る。
そこへ、別の研究室にいた部下2人が現れた。
「来るな!危険だ!応援呼んでくれ!」
警備員に彼等は頷き、立ち去る。
危険だ。
そのワードは、ヘンリーを更に逆上させる。
揺れる視界はスローモーションを思わせた。
シャルに焦点を当てたまま、息だけがみるみる上がる。
音は、今にも胸を突き破る程の激しい鼓動のみ。
そして全身を急速に流れる、激痛。
「…殺っ…すっ…」
「ヘンリー落ち着け!馬鹿な事するな!」
“この馬鹿が!何してる!?”
父の怒鳴り声が瞬時に過る。
弟に掴みかかったあの夜に言われた、馬鹿というワード。
何かが頭で切れた。
凄まじい怒りと憎しみの力により、背後で掴まれた腕は遂に解放される。
ヘンリーの常軌を逸した行動に、放たれた警備員は圧倒されるが、その先の光景を見て目を剥き、慌てて怒鳴った。
「止せシャル!下げろ!」
「貴様死ねよ!なあああ!」
彼女に飛びかかろうとする豹変したヘンリーは、咄嗟に右腕を掴まれ、前進を阻止される。
それが更なる焦燥を呼び、足に散らばる破片の山を、シャルに向けて蹴り飛ばした。
悲鳴が上がるそこには、飛び散った破片の光に混ざって浮かぶ、銃口。
ヘンリーは今にも彼女を殺そうと、その顔にフォーカスしている。
部屋には脅迫する声が雨の如く降り注いだ。
シャルは、異常になるヘンリーから殺意を感じてならなかった。
警備員にまで抗って暴れる彼に恐怖し、防衛反応が働いてしまう。
特殊な銃口を持つ黒いピストルを、震えながら彼に向けている。
ヘンリーは警備員の腕を振り解こうと、尋常でない力を振り絞りながらシャルに接近していく。
左腕で宙を引っ掻き、襲い掛かろうとする彼から逃げるべく、彼女は壁に背がつくまで引き下がる。
「お…大人しくっ…しなさいっ…ヘンリっ!
そ…そんな事っ…したってっ…何の
「黙れええええ!」
未だ零れ出る声がうざったく、掻き消すように再び怒鳴り散らす。
彼女も被さるように悲鳴を上げ、震えが増した。
ヘンリーは警備員に更に右腕を引っ張られ、そこから激痛が走る。
しかしその痛みを他所に、彼女に掴みかかろうと左手を伸ばし続けた。
届いてしまう。
そうなれば、確実に殺してしまうだろう。
警備員は2人を接触させまいと、ヘンリーの襟首を掴み、手前に大きく引いた。
前傾になっていた彼は背後に引かれ、解放されていた左腕はバランスを取ろうと真横に伸びる。
それに合わさるように、部屋が瞬時、真っ白な光に覆われた。
やっと駆けつけた救援と部下は、あまりの眩しさに目を伏せ、よろける。
光の間が生まれたのは寸秒だった。
その僅かな間にヘンリーは、継続的に受けていた全身の激痛の他、熱を感じた。
全員が立ち眩み、警備員と共に彼は倒れる。
しかし、何か妙な感覚だった。
立ち眩みによる転倒だけなのか。
急に、左半身が軽く感じ、右側に大きくバランスを崩した気がした。
事態が治まり、その場に昼白色の照明が灯る。
ヘンリーは、急に飛び込んだ眩しい光に目を瞬時に閉じた。
何が起きていたのか分からない。
未だ酷く揺れる視界に吐きそうになるのを抑え、意識的に首を少し持ち上げた。
「おい!しっかりしろ!ヘンリー!」
「はっ…」
シャルの声が途切れる。
部下達は救護隊を呼べと騒ぎ立てる。
定まらない視界に見える、自分の足先。
その向こうに、誰かの手が見える。
目だけでその周辺を探っても、誰の手かは分からない。
誰かが倒れているのではないのか。
「しっかりしろ!すぐ病院へ連れてく!」
(………ビル…?)
今日は彼が勤務していたのかと、上体を起こすため、更に首を持ち上げ、床に手をつこうとする。
そこで、左半身に違和感がある事に気づき、目を向けた。
「…………?」
目は徐々に見開き、激しい眼振が起こる。
捉えた光景に、首をジワジワと傾げた。
左腕が、無い。
飛び込むのは夥しい出血量。
顔は一気に青褪め、声を失い、震える唇は酸素を求める。
ヘンリーはそのまま、気を失った。
SERIAL KILLER ~Back Of The Final Judgment~
初の完結作品丸ごと公開。引き続きお楽しみ下さい。
2024年 次回連載作発表予定。
活動報告/Instagram(@terra_write) にて発信します。
気が向きましたら、是非。




