[3] 1450.
そこへ、かなり大きなノックが鳴り響く。
肩を跳ね上げ振り向くと、シャルが焦燥交じりに呆れた顔をして立っていた。
まるで何度も叩いていると言いたげに、ドアにはまだ拳がつけられている。
「今度は何なの?
こここそ、急がなくていいわよ。
アルフがいなくなってから、倉庫のような状態だけど」
まだ、ヘンリーは何も言っていない。
なのに彼女は、鋭い目を向けていた。
どうして嗅ぎつけられたのか。
彼女もまた、同じように何かを解消したくて来たのだろうか。
理由はどうあれ、兎に角その態度が受け入れ難い。
彼の目つきもまた、変わっていく。
「本当は仕切りたかったんじゃないのか。
何でじいちゃんにそう言わなかったんだよ」
「別に彼の選択にとやかく言わないわ。
だけど、彼と共に守ってきたものを崩されたくないだけ。
私だって、長でないにしてもここを貴方と共に任せると、貴方を頼むと、言われた身なの。
何だかんだまだ、世話がかかるものね」
彼女はそっと部屋に入ってくると、1段分が空になったステンレス棚から、中央のデスクに積まれたファイルに目をやる。
これまで開発してきた薬品の資料と、治験モニターを終えた後のデータだった。
「俺がまだ…餓鬼に見えるのか…あんたは………
笑わせんなっ…
シッターの役目はとっくに終わってるぞっ……」
気づけばヘンリーは席を立ち、声と手を震わせていた。
落ち着け、ただの啀み合いだと、みるみる引き起こる動悸を抑えていく。
「そういうところよ。放っておけないのは。
勘違いして突っ走るわよね?
ところでお悩みを聞いてもらえないかしら?
社長さん。
今日また一人、辞めたいって相談されたのよ。
私の次にアルフが評価していたやり手の人。
これは痛手でならないわ。
彼は優しいから、世代交代だって貴方を応援するような事を並べ立てていたけど、違う。
聞いた話の中に混ざるのは、新しい事が難しく、上手く馴染めなくて以前程自信を持てない、と。
ねぇ?
貴方はチームをどこへやろうとしてるのかしら?
まさか元のチームを一掃して、例のロボットだらけにしようとかそういう事なの?
それが果たして、利益を生む事に繋がるのかしら?」
(違う……)
彼女は呆れ顔で鼻で笑うと、何も言わない彼を横に一冊手に取り、棚に戻した。
「彼等は順応できると貴方は言ったけど、その彼等がお手上げだと言ってる。
いい加減、部下の声を聞いたらどうなのかしら?」
徐々に強まる、腹を立てている口調。
彼の視界は突如、揺れ始めた。
次第にそこは、砂嵐のような細かい点滅を見せ始める。
目前の彼女の画が、赤だの黒だのと妙な色で歪んでいく。
(…喋…るな……)
「誰もついてこない。
これ、まるで変わってないじゃない。昔から」
足が勝手に、少しずつ彼女に前進していく。
彼女はそれを、ただ彼が近づいて話しをしようとしていると捉えているのか。
呆れる眼差しを浮かべる顔は、心でヘンリーを見下している様子も窺わせる。
(知った…口……叩くなよ……)
「だから言ってきたのよ。
人と接する事をしなさいって」
彼女は、彼の学校生活の中身を碌に知らない。
彼もまた、話す事をしなかったのだが、聞いてくれる事もなかった。
誰もだ。
(もう…いい……もう…黙れ……)
「アルフやノーランがする仕事の世界に、足を踏み入れるのならば、尚の事、とね」
腹立たしい事に、今でも根付いている。
考えなかった事など、一度も無い。
誰かの事を、人そのものの事を、彼女に言われて嫌々決心して意識し、ここまできている。
それを、分かっていない。
彼の手は、そっとそこの一冊に伸びて、掴んだ。
SERIAL KILLER ~Back Of The Final Judgment~
初の完結作品丸ごと公開。引き続きお楽しみ下さい。
2024年 次回連載作発表予定。
活動報告/Instagram(@terra_write) にて発信します。
気が向きましたら、是非。




