[4] 1450.
MECHANICAL CITY
#05. Error 誤搬送 [3][19]
#06. Please wait 決定 [10]
「これ、あんたが来た時にって!
ちょっとそこのあんた。これ」
バーテンダーはパブの窓から上体を出し、直ぐ近くの漁師を呼ぶ。
漁師は彼からグラスをそっと受け取ると、それを持ってヘンリーにゆっくり近づいて行った。
「酒か?黒いぞ。コーヒー?コーラ?
あんたは一体何を飲むんだ?」
突き出されたそれに、ヘンリーは目を落とす。
左手に掴んでいた網が、フラッと大きく前に傾いた。
右手でそのグラスを受け取ると、また声が飛び込む。
「それ、置いてるからいつでも来たらいいよトップさん。
部下さん達が偉く喜んでた。
ここの設置許可をくれたってね」
そんなに声を張られては皆が起きるだろうと、ヘンリーは一瞬、住居であるイーストを見上げた。
そして何も言わず、グラスに揺れる表面を再び見て、一口含む。
やけに濃いが、それよりも不思議な気持ちになった。
「…………何でだ…」
「アイスコーヒーか。俺も好きだ」
「俺も」
傍の2体が口々に言うが、彼等は飲まない。
嘗ての好みが反映されているようだ。
「マインドイレーザーだよ」
騒ぎを聞きつけてか、現れたのは接客上手なR。
何やら手に1冊持っている。
次から次と集まるR達に、ヘンリーは密かに混乱していた。
こんな筈ではなかった。
混み合っているこの状況は、幾ら相手がアンドロイドであれ落ち着かない。
「全員の好みを把握して、会話に派生を利かせる。
そういう冊子。
トップの好みの情報が無さ過ぎて、気になってたんだ。
ここに来たら直接聞けって書いてある」
「…いや………」
その必要は無いと言いかけ、止まる。
彼等が自分を知りたがる。
それは、部下も知りたがっている事でもあり、何も悪い事ではない。
しかしだ。
落としかけそうになるグラスに、目が落ちる。
表面が振動するのを眺め、左手に掴んでいた網を庭師に返す。
そして両手でそれを大事に支え、思う。
彼等が知る必要など無い、と。
「おっと…何だか押しかけ過ぎか?」
今度は誰だ。
怯える動物のように、ヘンリーはその声を捉える。
現れたのは、小麦肌をしたコックのR。
「いや、この間はキッチンで騒ぎを起こしてしまったから。
すまなかった。
凄い怖い顔をさせてしまったからね」
彼は以前、イーストにあるカフェで小さな火災騒動を起こした事があった。
「………もう…いい…」
そんな事よりも、浴びせられている大量の視線につい、数歩引き下がってしまった。
それを見た漁師が切り出す。
「来たら話す事になっていてな。
次いつ会うか分からんだろう?
偶には下りて潜ったらどうだ」
それに対し、庭師は振り返る。
「俺にはさっき、トップに何させるんだって言ってたのにか?」
端からコックが割り込んだ。
「そうそうスイーツ好き?
料理ばっかだから菓子を作ろうって話で、明日から実験するんだ。
やるならトップが好きなやつからがいいよ」
「………いい…俺は…」
もう、何が好きだったのかすら思い出したくなかった。
「もしかして、何でもいける口なのかい?」
接客上手な彼が気さくに尋ねるのだが、もう限界だ。
乾き切った口を潤すべく、ヘンリーは咄嗟に、グラスのそれを一気に喉に流し込む。
見る見る上がるグラスに周囲は静まり、彼を凝視した。
飲み干した彼は息を荒げ、目を見開く。
体が熱い。
何もかもが突然過ぎて、処理ができない。
独りで大混乱に陥っているというのに、周囲は呑気にその飲みっぷりに拍手してくる。
ヘンリーは逃げるように、その輪から出た。
「………悪い…行く………あり…が…とう…」
グラスを落としかけるところを持ち直し、寒気がするのを耐えながら、足早に船着場へ向かった。
SERIAL KILLER ~Back Of The Final Judgment~
初の完結作品丸ごと公開。引き続きお楽しみ下さい。
2024年 次回連載作発表予定。
活動報告/Instagram(@terra_write) にて発信します。
気が向きましたら、是非。