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#08. Reboot 誤搬送 [7]
細身で背が高く、色白なヘンリーは、部分的に日焼けした木彫で占めるちっぽけなキッチンで、コーヒーを淹れる支度をしている。
その背後のテーブルから、祖父が職場ではどうなのかを尋ねてきた。
大したニュースは無い。
相変わらず、周囲に話を何とか合わせ、その場をやり過ごす日々。
そんな事を思い返したくないながらも、顔も碌に向けず、上手くやれていると伝えた。
それを祖父は、周囲と打ち解けていると解釈した。
「この歳だ。体調も芳しくなくてな。
潮時だと思ってる」
ヘンリーは何も言わず、コーヒーが入った2つのカップを置き、その間に砂糖とミルクとマドラーを纏めた長方形の籠を沿えた。
「あそこを任せられないか?…お前に」
容器の砂糖が切れていた事を思い出し、ヘンリーは袋から補充する手前、匙を使わず切り口から直接コーヒーに入れていた。
それは傾いたまま、停止している。
「……聞こえてるか?」
聞こえていた。
だが、腹落ちに時間がかかっている。
瞼を失い、祖父を凝視してフリーズしていた。
流れるのは、砂糖だけだ。
「ちょいと入れ過ぎやせんか?」
「!?」
底に砂糖の地が微かに見えるではないか。
少々間が空くと、祖父は笑う。
「砂糖にコーヒーを淹れた方が早いんじゃないか?」
「…は……はは…」
ヘンリーは、久し振りに自然に笑った。
と言っても力無く、僅かである。
何の返答もしないまま、彼は淹れ直したコーヒーを混ぜている。
祖父はじっと見つめていた。
随分と長く感じる間だったが、彼は待ち続けた。
そしてやっと、ヘンリーの落ちていた目が合う。
「…………何で……側近いるだろ……」
シャルの名を口にする事もしなくなっていた。
そんな言い方をしても、祖父は何も言わずに続ける。
「お前はあそこで仕事をしたがっていた。
あの言葉は、嬉しかった。忘れた事はない。
もう、気は変わってしまったか?」
そもそも考える事をしなくなっていた。
何せ、人と上手く接する為の訓練のようなものに、日々明け暮れているのだから。
海洋バイオテクノロジー研究所。
ただそこで働くのではなく、そこの責任者を任されようとしている。
祖父曰く、シャルからヘンリーの取り組みを耳にしたそうだ。
好きな事を手放し、己の課題に勤しんでいると。
厚く、老いた手をヘンリーの肩に乗せる。
少し痩せただろうか。
僅かにそれが過る中、続けた。
「時間をかけて引き継ぐよ。
下の者からもしばらく教わりながら、な。
学校やそれ以外でも知識を得ているお前なら、大丈夫だ。
努力もし、頭もいい。
トップの立場だが、やる事の殆どは昔から見ているものと何ら変わらない。
今している我慢も、緩めていいさ。
ノーランには言っておく。だから…」
この晩、ヘンリーは久し振りに、日々襲っていた不安によ動悸や震えから解放された。
とは言え、だ。
引き続き側近であるシャルの存在は、引っ掛かる。
昔のように、再び距離が近くなる。
この話を機に対面したが、お互い、どこか落ち着かない。
彼女は分かりやすい性格だ。
言わないだけで、責任者の座を持てなかった事にどこか納得がいっていないのか。
ヘンリーは人を前よりも観察するようになった事で、子どもの頃よりも一層、彼女の露骨な様子が捉えられた。
「まぁ、何かにつけて決定権があるにせよ、事前によく考えて頂戴」
途中から目が逸れる発言。
やはり思うところがあり、それを拭いきれていないのか。
血縁関係にある者が後を継ぐ。
彼女はそれを理解するが、ヘンリーの事は、アルフやノーランよりも近くで見てきて知っている。
アルフの決定とは言え、不安は少なからずあった。
SERIAL KILLER ~Back Of The Final Judgment~
初の完結作品丸ごと公開。引き続き、お楽しみ下さい。
2024年 次回連載作発表予定。
活動報告/Instagram(@terra_write) にて発信します。
気が向きましたら、是非。




