[4] 1250.
…
……
………
「その時分は幼稚園どころか、外を殆ど知らなかった。貴方は?」
レイシャは逸らしていた目をやっとヘンリーに向けた時、少し驚いた。
いつからだったのか、彼は姿勢をそのままに、ペンを握る手を止めている。
聞いていないかもしれない。
そう思っていたが、その疑問を呈して数秒後、彼女に円らな瞳を向けた。
返事はどちらでも良かった。
それを言おうと口を開いた時、彼は小さく首を傾げる。
何か言いたげにも見える眼差しは、震えていた。
瞬きもしないそれは、言葉を失う程に驚いているのか。
彼は上体を起こし、真っ直ぐ彼女を見つめる。
しかし、それだけだった。
その晩。
ゼロに使用していたAIをシャルの胸部に仕込み、皮膚を縫合した。
胸椎から伸びていた配線を抜き、ヘンリーはラップトップを持ったまま、リモコンを操作する。
急に燃えたりしないか、鉄骨だけ突き破ったりはしないか、様々な失敗を頭に浮かべながら、レイシャはシャルを眺める。
しかし隣の彼は、何も読み取れない程の無表情だ。
驚くべき事に、初段階の割に、何事もなくシャルは上体を起こし、手術台の上で座位を取った。
それを見て、2人は暫し固まる。
彼女は姿勢をそのままに、顔を下に向け、両手を眺めた。
その後、手を握る動作もした。
ヘンリーはラップトップを置くと、リモコンの上向き矢印を押す。
シャルはスムーズに台の上で向きを変え、素足を床につけ、立ち上がった。
左右の矢印を順に押せば、容易に歩行もしてみせた。
動作自体に殆ど違和感はないが、まだまだこれはゼロと同じクオリティーである。
表情も一切無く、喋りもしない。
しかし、レイシャは目を震わせていた。
「ねぇ、会話ができるようになる?」
ヘンリーは顔を少々顰めるだけだ。
廊下を歩きだすシャルに、2人はついて行く。
前方を人のように歩くシャルに、レイシャは目を見開いている。
「彼女、また仕事ができる?」
先々進むシャルに、レイシャは小走りで追いついた。
共に歩き、直に廊下を曲がる。
距離を取ってついて行くヘンリーだが、無言を貫き、浮かない顔をしている。
「笑ったり、感情表現もできるようになる?」
レイシャはシャルを追い掛けながら、真剣に観察する。
ヘンリーはそんな彼女の様子を見て、初めてレアールと現れた時、ゼロと柵沿いに歩いていたところを思い出す。
「もう少し綺麗にしてあげないと。
所々、肌がたるんでる。まだ整えられる」
「そんな奴に……」
レイシャは足を止め、半ば言葉を被せてきた彼を振り返る。
低く、緩やかに落ちる声は、夕べの怖い顔を浮かべていた。
「……そんな奴に……そんなもん……要らない…」
指示を聞くだけで十分だ。
喋るや笑うなど、とんでもない。
だがレイシャは彼に接近し、少々きつく放った。
「レアールがいる!」
しばらくして、彼の怖い顔は引いていった。
目を逸らし、床のどこかを見て考えている。
あの子を、もう一度。
別室で眠っている彼女は、レイシャの大切な友人。
ならば実験を重ね、ベストな状態で施したい。
ヘンリーはレイシャに目を向けると、小さく頷き、シャルの後を追った。
SERIAL KILLER ~Back Of The Final Judgment~
初の完結作品丸ごと公開。引き続きお楽しみ下さい。
2024年 次回連載作発表予定。
活動報告/Instagram(@terra_write) にて発信します。
気が向きましたら、是非。




