第8話
私が人間じゃないということを知っているのは、この世界でただ1人だけだ。
博士を除いて、たった1人だけ。
その「人」は私の友達で、生まれて初めて、”外で出会った人間”でもある。
ある日のことだった。
博士には内緒で研究室から脱出し、街へと続く坂道を下っていた時だった。
麦わら帽子を被り、片手には網を担いで、自転車に乗っている色黒の少女がいた。
『アカネ』という子だった。
博士は、研究所から勝手に抜け出した私をこっぴどく叱ったもんだが、あの日から、アカネとの交流は始まった。
最初は驚いていた。
何せ、その時私は“狼”に化けていたんだ。
私の知識不足で、日本にはもうそんなものは生息していないということを後から知ったのだが、アカネは腰を抜かしたように後ずさっていた。
体長2mは越える姿だったんだ。
驚かれるのも無理はなかった。
ただ私は速く走れると思って、チーターか狼かで悩んでいた。
資料で見ると足が速いのはチーターだが、スタミナがあるのは狼だということが書かれていた。
だから狼にしたんだ。
体長は少し大きくしすぎたとは思うが、スイスイ坂道を走れた。
どこまでも走れると思った。
アカネと遭遇するまでは。