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56.VS湯水(part14)




……窓の外から聞こえる雨の音が、教室の中を満たしている。さっきまで小雨だったのに……今は音が聞こえるほど降っているんだ。


私は湯水から目を逸らすことができずに、その雨のことを耳だけで理解していた。


「平田、あなた今……“なぜ湯水が渡辺 美結を知っているんだろう?”って、考えていたでしょ?」


「……………………」


心を見透かされたような言葉を告げられて、私は何か返事をすることも、黙って頷くことさえもできなかった。


「……いいわ、話してあげる」


湯水は手を腰に当てたまま、そう言って話し始めた。


「私はこの前……あなたたちの会話を聞いていたの。あなたと渡辺が、本当の恋人同士じゃないってこと……」


「……!!」


「平田……あなたは典型的なA型女。性根が真面目で、嘘をつくことに罪悪感を覚えるタイプ。だからあなたが私のことを欺いているなんて、少しも想像できなかった。そして、あなた自身が本当にアキラを好きだからこそ、私はずっと惑わされ、出し抜かれた。その点に関しては褒めてあげる」


「……………………」


「だけど、あなたは真面目過ぎる。私がさっき、『アキラのことを好きか?』『そうね、アキラの彼女だもね』と話した時、あなたは前者については肯定したが、後者については無視した。それはあなたが、『アキラのことが好きではあるけど、恋人ではない』から。あなたはそこに嘘がつけなかった。あなたたちが偽物の恋人であるかどうか、99%まで疑ってたけど……今のあなたの反応で100%に……確信に変わった」


湯水は、ほとんど瞬きせずに私を見やる。その眼差しに、心のあらゆる場所まで射貫かれているような気持ちになって、ざわざわと胸が揺れる。


「あなたたちが私に対して嘘をつく理由を……いろいろと考えてみた。アキラは私と初対面の時ですら、私に対して冷たい態度だった。それはつまり、“私のことを元々知っていた”ということ」


「……………………」


「私は、今まで多くの人間を弄び、その心を貪ってきた。でも、その私の本性を知る人間は、ほとんどいない。みんな私の外面……完璧で可愛い私しか知らないから。私の中にある攻撃的な面を知るのは……“私が攻撃した本人だけ”」


「……それって……どういう、こと?」


「私がいじめた人間だけが、完璧な美少女であるこの私の……素顔を知ってるってことよ」


「……………………」


「もちろん例外もいるだろうけど……概ねそこは外さないはず。なのに明は、私の本性を知らないはずなのに、私に対して冷たい態度だった。なぜか……?」


「……………………」


「その先に行き着いた答えは、『私がいじめた人間が、アキラへ告げ口した』ってこと」


「!」


「そうなると、数が絞られてくる。私がいじめた人間は、基本的に“抵抗しない者”を選んできた。他人へ告げ口をしない……黙って我慢する以外の方法を知らない雑魚たちを選んで攻撃してきた。そういう者たちは、みんな一様に引きこもり、いじめられたことを誰にも告げられず、静かに心が壊れていった。そりゃそうよね、『あの完璧美少女の湯水 舞が誰かをいじめるなんてあり得ない』と、周りの人は言うだけだから」


「……………………」


「でも、ただ一人だけ……私のいじめに対して反抗してきた者がいた」


「それが……美結」


「そう、あの女は三対一であったにも関わらず、生意気にも私たちへ対抗してきた。もちろん、その心をへし折って学校へ来られなくしてやったけれど……後々になって、学校内でいじめがあったかどうかの調査が、警察主導で行われた。渡辺 美結は、警察にすらいじめのことを相談できるほど、他の奴よりは精神が強い……。であれば、家族や親しい人間にいじめのことを話すことくらい、簡単にできる」


湯水が一歩前へ足を踏み出した。私はそれに押されて、二、三歩後ろに下がった。


「私の本性が漏れる経路が渡辺 美結であることは把握できた。ならば、次は渡辺 明との関係性を整理する。さっきも言ったように、同じ渡辺性であることから、兄妹であることが濃厚……。それも、かなり親密な兄妹。あの渡辺 美結の精神が強いと言えど、私たちのいじめに屈して学校へ来れなくなったのも事実。こんなディープな内容を、親しくない人間に話すはずがない。となれば、兄妹と言えど仲の良い関係でなければあり得ない」


「……………………」


「……そして、同じ性だとしても、義理の兄妹で血の繋がりはない可能性も少なからずある。その場合は……さらに、私の神経を逆撫でする状況になる」


「な、なぜ……?」


私の質問に対して、湯水は……今までよりさらに鋭い眼差しを、私に送った。




「あの女が、アキラの本当の彼女である可能性があるからよ」




「…………!」


「私は常々謎だった。アキラが私の本性を知っていて、私との関わりを持ちたくないから、私に対して冷たく接する……という理屈は理解できる。だけど、わざわざ偽物の彼女を用意する意図が分からなかった」


「……………………」


「ただ単に関係を持ちたくないのなら、そんな手間のかかることをする必要はない。だからこれはカモフラージュ……。アキラの本当の彼女へ、私を近づけさせないためのダミー……影武者……」


「!」


「平田、あなたがわざわざ私の前に出てきて、アキラの彼女だと言うことで、アキラの本当の彼女から目を逸らせた。平田とアキラ……なぜ二人がそこまで必死になって、アキラの彼女を守るのか?それは、彼女が渡辺 美結だったらすべての筋が通る。もともと私がいじめていた相手……その相手と関わりを持たせないようにするために、そんな手の込んだことをした」


「……………………」


「単に妹を守りたいだけから、そんなことはしない。恋人という関係だからこそ、影武者が必要になる。私がアキラを狙うことになれば、私はアキラの恋人へ必ず何かする……。それを見越したうえでのダミー彼女。それがあなた」


湯水がするすると暴いていく様を、私はもはや聞いている他なかった。否定も肯定もせずに、ただ黙って立ち尽くすばかりだった。だって、下手に行動しようものなら、その行動から湯水はどんどんいろんなことを察してしまう。いや、もう今既に……私の挙動で把握しているのかも知れない。


(ど、どうしよう……。あ、明さん……)


私は湯水に気圧されて、どんどんと後退りながら、彼の顔を思い浮かべた。それすらも察したかのように、湯水が私へ告げた。


「言っとくけど、アキラは助けに来ないわよ」


「え!?」


「あなたたちがよく待ち合わせしている下駄箱……。その付近で、今一年D組の男の子がいじめられてるから」


「…………い、いじ、め?」


「私がそいつをいじめるよう、D組のクラスメイトたちをけしかけたのよ」


「……………………」


「他の人間は、そういういじめの場面に遭遇しても、見てみぬフリをするでしょうが……アキラなら必ず、その子を助けにいく。だからそっちにかかりっきりってわけ。だからここへは、しばらく来ない」


「わ……私と二人きりで話すために、その男の子を…………」


「そう。中々用意が良いでしょ?」


「な、なんで……?その男の子は、あなたに何か酷いことをしたの?」


「?いいえ、別に。会ったこともない。ただそのことを思い付いたのが9日だったから、出席番号9番のそいつにしたってだけ」


そんなものよ……と、湯水は淡々とした口調で話した。


「さて、平田。質問に答えてもらうわよ」


「……………………」


「渡辺 美結は、アキラとどういう関係なの?私の考察した通りの関係ってことで……間違いないかしら?」


「……………………」


ああ……明さん。私、もう無理かも知れません。どう考えても、私一人の手におえる相手じゃない。


完全に常軌を逸した天才。頭が切れるのもそうだけど……あまりに、手段を選ばなすぎる。だって、私と二人きりになるためだけに……知りもしない男の子をいじめさせるなんて、同じ人間と思えない。


私みたいな普通の人間じゃ……すぐに手の平の上。人形さながらに操られて……


殺される。



ザーーーーー…………



雨音が教室に響いている。私の激しく動く心臓とは裏腹に、その教室の異様な静けさが……不気味だった。






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