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箱と楽園  作者: 未由季
8/56

後ろ(1)

〔明日、駅前のドーナツショップまで来ていただけないでしょうか〕


 土曜日の深夜、航汰からそんなメッセージが届いた。

 当然だが、既読スルーした。

 ちょうど映画を観終えたばかりで、もう少し、その余韻に浸っていたい気分だったのだ。


 映画は田中先生からすすめられたもので、無実の罪で収監された兄のため、弟が真犯人を探し出すというミステリー作品だった。事件の真相については、途中から、たぶんこいつがそうなんだろうなと目星をつけていた奴がやはり真犯人で、驚きはなかった。それよりも、兄に対する弟の想いの強さに、胸を揺さぶられた。弟は婚約中の恋人と別れ、仕事を辞めてまで、兄が無実である証拠探しに奔走するのだ。この弟はすごくいい奴だなと思った。


 月曜に先生と会ったとき、映画の感想をどう伝えようか考えていると、再び航汰からメッセージが送られてきた。


〔先程のメッセージでは明日と言いましたが、零時を過ぎていたので正確には今日とお伝えするべきでしたね、申し訳ない〕

 続いて〔待ち合わせの時刻は午後二時でお願いします〕と来た。こっちの都合などお構いなし。すでに航汰の中では俺と約束したことになっているらしい。


 ウザい、と真っ先に思った。面倒くさいな、とも。それから急に、強い眠気を感じた。映画は三時間という大作だったし、集中して観ていたから、脳も体も心地よく疲れている。


〔勝手に決めんな〕

〔俺、一言も行くとは言ってないんだけど〕


 そう返信したくとも、俺の瞼はすでに半分閉じかけていた。

 眠りに落ちる間際、指がスマホの画面を滑っていたのを覚えている。けれど、航汰になんと送ったかまでは記憶になかった。


 翌日、目が覚めると航汰から擬人化されたハートマークのスタンプとともに、〔愛!?〕と返信が来ていた。なんとその前に俺は奴に〔あい〕と送信していた。


 ただの打ち間違いに対しウザい反応を返してくる航汰に、本気で殺意がわいた。殺さないとしても、一発叩かないと気が済まない。

 不本意ながら、俺は午後に航汰と会うことにした。



 ■ ■ ■



 待ち合わせ場所のドーナツショップは、うちから歩いて十五分の距離のところにあった。

 この街に越してきてから、俺はマンションと学校を往復するだけの生活を送っている。買い物も学校帰りに済ませてしまうので、駅のほうへ出るのは、ほぼ初めてだった。


 駅前ロータリーには、様々な店舗が並んでいた。目的のドーナツショップは、コンビ二と不動産屋の間にあった。    

 ウィンドウの向こうに、航汰の姿を見つけた。あっちも俺に気づいたらしく、手招きをする。


 店に入ると、航汰の向かいの席に座っていた女性がこちらを振り返った。俺を見た途端、さっと立ち上がり、丁寧に頭を下げる。


 誰だろう。航汰にこんな品のいい連れがいるなんて聞いていない。


 どういうこと? と目で航汰に尋ねたが、奴はにやにやするばかりで何も言わなかった。


 航汰の隣に座ろうと体を捻ると、通路にいた着物姿の老女とぶつかりそうになった。


「あ、すみません」

 と謝った俺に対し、老女は無言で睨み返してくる。感じの悪いばあさんだな。内心で毒づきながら、俺は腰を下ろした。


「やあ小野塚くん、五分の遅刻ですよ」

「うるせえ」

 俺は航汰の頭を一発叩き、早々にここへ来た目的を果たした。


 航汰が向かいに座る女性を手で示す。

「ご紹介します。藤間沙穂さんです」

 

「うっす」

 俺は口の中で言い、会釈すると同時に藤間さんの顔をさっと確認した。離れ気味の丸い目とふっくらした頬が、やさしそうな雰囲気を放っている。


「今日小野塚くんに来てもらったのは、藤間さんの相談に乗っていただきたかったからなんです」

 航汰が言う。


「え、相談?」

 と訊き返す声が、わずかに裏返った。初対面の俺に、一体どんな相談があるというのか。

 藤間さんは見たところ、俺よりも年上だ。大学生か、あるいは社会人かもしれない。十五のガキが相談に乗れる相手ではない。


「心霊絡みの相談です」

 航汰に耳打ちされ、納得がいった。


「よろしくお願いします」

 藤間さんはじっと俺の顔を見つめながら言った。

 何かを見定めようとするような、強い視線だった。


 そこで俺はピンときた。

 藤間さんは、俺に霊感があると知っている。

 なぜか?

 そんなの、航汰が彼女に教えた以外考えられない。


 俺は航汰に、抗議の目を向けた。

 なんで勝手に言うんだよ。


 誰もが皆、航汰のように霊の存在を信じているわけじゃない。「霊が視える」と打ち明けられて、まともな人間はどう感じるだろう。間違いなくいい反応はしないはずだ。どうせ頭のやばい奴と思われるのがオチだ。

 カミングアウトしていい相手かどうかは、慎重に見極めなければならない。

 藤間さん繋がりで、同じ高校の奴にまで俺の霊感の話が回ってしまったらと考え、血の気が引いた。


「あ、大丈夫だよ。わたし絶対言いふらしたりしないから」

 俺の反応から、藤間さんが何かを察する。

「こういうのってほら、広まると面倒そうだもんね。他にも頼って来る人とかいそうだし。お祓いしてほしいとかね」


「いや、そもそも俺お祓いとかできないから。ただ視えるってだけで」


「うん、知ってるよ。昨日航汰さんに教えてもらったから」

 藤間さんが頷き、航汰のほうを見る。


 航汰はまったく悪びれた様子もなく、むしろ事前に説明しておいたことを誉めてくれと言わんばかりに、鼻を穴をふくらませた。

 航汰には後で蹴りの一つも入れておこうと考えながら、俺は藤間さんに詳細を問う。

「それで、相談内容は?」


 藤間さんは深呼吸をすると、一息に言った。

「小野塚くんに、見てほしい人がいるの。わたしが今お付き合いしている彼なんだけど、悪霊が憑いている気がするんだ」


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