要塞へのアプローチ
ビービーっとプルタルコスの艦内に警報が鳴り響く。
レイはその音で目が覚めた。
自室に備え付けのモニターで即座にブリッジにつなぐ。
「どうしたんですか?」
アートが簡潔に答えてくれる。
『敵襲だよ。要塞の腹にギュゲスが二十機とりついた』
「どうしますか?支援にシャルラーハを出すんですか?」
『いや、焼け石に水だろう。
攻撃を受けて、指令部も現在混乱しているようだ。いつ接近を許したのか皆目見当もつかないらしい。
この混乱した状況を見るに、この要塞は、じきに落ちるよ』
「じゃあ、どうするんですか?」
『我々は我々にできることをするまでだ。民間船の離脱を支援することにする』
「まだ、ブロンズたちの乗った船は出港してなかったんですか」
レイは顔を曇らせる。
『ちょうど、出港しようとした矢先のことだったらしい。
本艦が護衛して、逃走経路を確保する』
「了解。シャルラーハで待機しておきます」
『ああ、分かった。
いつでも出撃できるように用意しておいてくれ。
手荒な出発になるかもしれんからな。覚悟しとけよ』
アート艦長代行の言葉を聞いて、支給されたパイロットスーツに着替える。
対ショック性能があり、着心地は悪くない。
格納庫に向かう。
シャルラーハの整備は終わっていた。
が、問題は別にあった。
「スノーさん?ここで何してんの?」
スノーがシャルラーハにもたれかかっていた。
「抜け出してきたの。見ればわかるでしょ」
彼女は平然と話す。
「見ればわかるって、そういう話じゃないでしょ」
レイはどうしたものか分からず、すぐに、デッキに連絡を取るが、アートではなく、ミレーが出た。
「部外者が迷い込んでしまったみたいなんですが」
レイがスノーを映すと、ミレーは、けげんな顔をする。
『どういうこと?まあいいわ。
アート艦長代行は今忙しいの。
悠長に話している時間はないし、降ろす時間もないわ。もう出港するのよ。
安全なところに彼女を案内してあげなさい。
こっちも人手が足りない中でやってるの。
自分で何とかしてちょうだい』
そういうなり、通信は切られてしまった。
ミレーの口調は優しかったが、厳しさも兼ね備えていた。
重低音と衝撃が船を走る。
警戒させるサイレンが鳴った。
電子音で各員は至急出発に備えるように。というアナウンスが流れる。
レイは決心して、スノーに告げる。
「仕方ない。シャルラーハに乗ってくれ。
今から、船に戻るほうが危ない」
「分かったわ」
レイはシャルラーハのコックピットにスノーを誘導する。
「これを着ておいて。
衝撃を和らげてくれる」
コックピットに備え付けられていた予備のパイロットスーツをスノーに渡す。
彼女はその場で着替え出したので、レイは慌てて、顔を背け、目をつむる。
スノーはするりとパイロットスーツに着替えた。
「終わったよ」
「なら、乗ろう。
たぶん、シャルラーハの中が一番安全だ」
レイはスノーをシャルラーハの座席の後ろに座らせた。
いくらか体が固定されるに違いないし、コックピット内部はGや衝撃がかなり軽減されるから心配はない。
レイはスノーと二人でコックピットの内部に黙っているのが耐えきれなくなった。
そして、ひょうひょうとしているスノーに問いかけた。
「どうやって来たんだ?
いや、そんなことはどうでもいいか。
どうしてキャサリン達と行かなかったんだ?」
彼女は少し考えこむ。
まあ、別にあなたになら言っていいか、と小声でつぶやくと、レイの疑問に答える。
「私、姉も家族も嫌いなの」
「なぜ?」
「いい人過ぎるからよ」
レイはスノーの言葉に困惑した。
「僕には意味が分からない」
「そうかしら。
分かりたくないだけじゃなくて?
姉さんなんか、品行方正で、成績抜群で、容姿端麗で、あらゆる誉め言葉はだいたい当てはまる。
それで、この世の醜いものを一切、自分に寄せ付けない。
何というか、ずるいのよ」
レイは何と答えるべきか分からなくて、うつむいた。
「まあ、ただの嫉妬に似た何かなのかもしれないけどね」
スノーは冗談めかして言った。
再び、衝撃とともに、重低音が響き渡った。
しかし、今度はずっと近く感じた。
ブリッジでは、どうすべきか、議論になっていた。
「港の開閉ができず、出口が閉ざされたままです。
管制室とも連絡が取れません」
ミレーが状況を整理して報告する。
「なら、仕方ないだろ、ゲートをこじ開けるしか方法はない。
主砲でドカンとやるしかない。
後で大目玉を食らうかもしれんが、許してくれるだろ」
そのヴァレリーの言葉が決定的だった。
「やろう」
アートは決断を下した。
「そう言うと思って、プラズマ砲の準備はできてるよ。
いつでも打てる」
「よし、発射と同時に発進する。
いつでも構わん。やれ」
「オーケー、艦長、じゃあ、行きますよ」
ヴァレリーはためらいなく、主砲を起動する。
プラズマ砲の極太の光が、ペイシストラトス要塞の港の一つを貫いた。
港の隔壁ごと敵のギュゲスを吹き飛ばし、勢いよく、プルタルコスは要塞から飛び出した。
プルタルコスが道を切り開く。
プルタルコスにけん引され、ブロンズたちが乗った輸送船がプルタルコスの後ろをついて行く形になる。
その様子を共和国軍側が見逃すわけもなかった。
「ヨハン大佐、戦艦一隻と民間船が一隻逃げていきますけど、どうします?
俺が追いましょうか?」
部下の一人の問いかけにヨハンはさらりと答える。
「いや、私が追う。
後からくる部隊と合流してから、あれを追い詰める。
君たちは要塞を落としておけ」
「もう陥落目前ですが、良いんですか?
俺たちの手柄になっちまいますよ」
「部下に手柄を立てさせるのも、良き上司の役目だよ」
「了解しました」
ヨハンの純白のギュゲスは因縁の相手、プルタルコスを追うことにした。
「あそこにいるんだろう。あの深紅のMMBは。
雪辱を果たさねばな」
プルタルコスはヨハンの判断のおかげで、戦闘宙域から離脱することはできた。
戦闘宙域から離脱していることを確認して、アートは民間人の輸送船に連絡を取り、切り離した。
レイは自分の持ち込んだ厄介ごとのために、アートがいろいろと苦労していることをありがたく思った。
「ありがとうございました。
僕が勝手に拾ってきた救命艇の人々に対する配慮、痛み入ります」
レイがブリッジに通信を入れる。
『一度抱え込んだからには、最後までやり遂げるさ』
「それで、スノー・カトーはどうしますか?」
『ミレーの言っていた民間人のお嬢さんか。
やすやすと、降ろすことはできんよ。
何せ、軍の機密事項に触れたんだ』
「私を、この船で働かせてください」
突然、スノーが突拍子もないことを言い出した。
『軍人になりたいというのかね。あまりおすすめできないが』
「構いません。私、もう決めたんです」
スノーのきっぱりした言葉に、アートも目を丸くしていた。
アートは一度、瞠目したが、すぐに決断した。
『まあ、オペレーターとして置いといてやるから、仕事を覚えろ。
見栄を張りたいところだが、実際のところ、人が足らんのだよ』
「分かりました」
ブリッジに戻ると、二人見覚えのない男がいた。
アートが紹介してくれる。
「軍のロベス監察官と、大蔵省予算局のジャンさんだ」
ロベス監察官は、峻厳そうな表情を浮かべていた。
一方、ジャンは人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「ちょうど、巡察の時に敵襲が来たんだよ。
これから、当分の間、お世話になることと思います。
よろしくお願いいたします」
ジャンは、丁寧にレイにあいさつをした。
「要塞陥落から、本国はずいぶんと混乱していますから、連絡がつくまでには、もう少しかかります。
一旦ゆっくり休養してください」
アートの説明に皆うなずいた。
レイはブリッジを立ち去ったが、途中で、ミレーに話しかけられた。
「ちょっと、話したいことがあるの」
レイはうなずいた。
ミレーは自分の部屋にレイを連れていった。
レイは何だか緊張してしまって、カチコチになっていた。
その様子を見て、ミレーは笑った。
「何?体を固くしちゃって?
別に、何もしないわよ。ちょっと、事前情報をね」
「事前情報?」
「私とヴァレリーはどっちかっていうと、インテリジェンス畑の人間なのよ。
あの軍の監察官と大蔵省の予算局の人間たちのことを話しておこうと思って。
あなたが彼らに何か吹き込まれたら、それはそれで困るから。
彼らはざっと調べたところ、どうやら改革派のようね。
まあ、ペイシストラトス要塞に来ていたくらいだから、ある程度予測の範疇とは言えるけれど」
「その改革派って何なんですか?」
ミレーは、レイの初歩的な質問に驚いた。
「なるほどね。こりゃ、アートが気にかけるわけだ」
「簡潔に説明するわ。
今、帝国に存在する基本的に政治勢力は三つあるの。
多いほうから、議会派、改革派、王党派。
それで、改革派は元老院と皇帝の廃止を求めているのよ」
「それは随分とラディカルですね」
「そうね。今まで積み上げてきた歴史を無視した改革をしようってことね。
それで、改革派って呼ばれてるのよ」
「そうなんですね」
「アートは議会派の首領の息子だし、何か問題が起こりそうな感じがする。
ま、とにかく気を付けてねって話よ」
ミレーはウィンクして、話を切り上げた。