要塞
王立宇宙軍第7基地、ペイシストラトスは人工の小惑星である。
宇宙に浮かぶ難攻不落の要塞として知られ、帝国で最も堅固な要塞の一つであった。
実際、要塞を包囲されたとしても、数か月単位で耐え忍ぶことができ、兵糧攻めは不可能だった。
なぜなら、包囲している側の食糧が尽きるほうが先だからだ。
戦艦プルタルコスは第7基地ペイシストラトス要塞に入港した。
「あまり来たくはなかったのだがな」
アートが苦々しそうに言う。
「なぜですか?」
レイが理由を問う。
「そりゃ、改革派の根城だからだろ」
アートの代わりに、フリートが答えた。
シャルラーハの整備が終わって、ブリッジに顔を出しに来たようだ。
「どういうことですか?」
「敵対党派の息子としては、袋叩きに会いかねないからな。
こいつの親父はニコール・マキャヴェリなのさ」
レイはきょとんとした顔をしていた。
「おいおい、知らねえのか、議会派の大物だよ。
“庶民院のドン”を知らねえとは恐れ入った。
指折りの有力政治家だぞ」
フリートの言葉にも、レイはよく分からないという顔をしていた。
「そうなんですか?」
レイの様子に、アートは、いささか呆れた表情をしていた。
「無知というのは、恐ろしいものだな。
まあ、少しぐらいは現実世界の状況を知っておいた方がいい。
でないと、自分の身の振り方を間違えるはめになるぞ」
「き、きをつけます」
レイはここに来て、ようやく自分がものを知らなさすぎることに気が付いた。
戦艦プルタルコスが要塞ペイシストラトスの第2港に着艦する。
ペイシストラトスからプルタルコスの対応をする人員が来ることになっていたので、アートとレイは、その人々との応対をすることになった。
とは言っても、レイはその場で立っているだけで、基本的にアートがすべて対応した。
「ペイシストラトスのヤンマです。
長旅、ご苦労様でした。
既にいただいているお話については、概ね対応が出来ています。
まず、民間人の方ですが、次の民間輸送船と一緒に送る手続きがしてあります。
今日、出発していただけます」
「ありがとうございます。
プルタルコスの正規の乗組員の状況はどうなっていますか?」
「正規の人員の船が現在行方不明になっておりますので、絶望的ですね。
新たに選定される必要がありますので、数日後にはいらっしゃると思います」
「分かりました。その時に引き継げばよろしいということですね」
「そうなります。
また、分からないことがありましたら、お気軽にお声がけください」
敬礼して、ペイシストラトスのスタッフはいなくなった。
レイはアートにふと思った疑問を尋ねる。
「そういえば、アート艦長は正規の乗組員じゃないんですね」
「そうだ。私は、士官学校を出たばかりで、軍の最先端兵器を見せてもらえるということで、来たのだよ。
現地に先入りしていた一部の医療班、整備班、研修生の私しか、この船には乗っていない」
「それで良く動かせましたね。この戦艦を」
「プルタルコスのコンピュータが優秀だったからな。
それに、複雑な作戦機動はしていない。
ただ、逃げただけだったから、操縦自体は楽だったよ」
「この後の僕の処遇ってどうなるんですかね」
「正直、分からん。
なんにせよ、軍の最高機密を見たんだから、通常の配属とは違うだろうな。
どうにか私の部下に収まれるようにするか、それとも、他の選択肢があるか、父に掛け合って、いろいろ相談しているところだ。
気長に待つんだな」
「分かりました。
ありがとうございます」
「何にせよ、お前はよくやったよ。
敵機一機と戦艦一隻を沈めたんだからな。
私の命も救ってくれたようなものだ」
「お互い様ですよ」
レイは少し照れくさそうに答えた。
「そうだ、レイ、さっきの人が言っていた通り、今日、民間人は皆ここで降りることになっているから、別れの挨拶をするなら、今してきた方がいい。
もう当分会えないと思え」
「分かりました。いってきます」
レイはブロンズに別れの挨拶をしに行こうと思った。
救命艇の人々は皆、プルタルコスから降りているところだった。
「よう、レイモンド」
ブロンズ・ブルックスがレイを見つけて、声をかけてくる。
「ブロンズ。ここでお別れなんだ。
実を言うと、俺、軍人なんだよ」
「どういうこと?」
ブロンズは驚いて、説明を求めた。
「何というか、特殊な作戦みたいなものだったんだよ」
レイは苦し紛れに嘘をつく。
「なるほど、だから、お前、全然友達いなかったのか」
ブロンズは納得したらしい。
そんな風に見えてたのか俺って、とレイは思った。
その納得の仕方に少し悲しくなった。
「任務の邪魔しちまったかもれねえな、俺」
「全然そんなことないよ。どこかでまた会えるさ。
それに、連絡も取ろうと思えばとれるだろ」
「じゃあな、レイモンド」
ブロンズはそう言って、民間人たちの列に戻っていった。
その列には銀髪のボブが見えた。
スノー・カトーだ。
レイが視線を向けると、彼女のほうもレイのことに気が付いたようだ。
レイに向けて、軽く手を振った。
彼も手を振り返した。
彼女は列に従い、奥の方へ消えていった。
短い時間だったが、レイにとっては、思い出に残るような出会いだった。
レイは満足して、プルタルコスのブリッジに戻った。
見ると、アートと親しげに話している男性と女性がいた。
アートと同じくらいの年齢に見える。
「レイか、別れは済んだようだな」
「はい、そちらの方々は?」
「士官学校の時の同期で、信用できる奴らだ。
父に無理を言って、呼び寄せてもらったんだ」
「私はミレー・インゲボルク。
あなたがレイ君ね。
アートから話は聞いたわ」
レイは、ミレーの制服の胸元を押し上げている立派なものに目が行きかけたが、慌てて、相手の顔を見て、会釈する。
栗毛の髪をお団子にして、まとめている。
できる女上司って感じの見た目だ。とレイは思った。
「ヴァレリー・シュトルムだ。よろしく。
年はあんまり変わらんし、仲よくしようぜ」
マッチョな男だった。
白い軍服を内側から筋肉が押し上げて、パンパンに膨れている。
少々暑苦しさを感じるほどであった。
求められて握手をしたが、手を握り締められて、レイは自分の手がつぶれるかと思った。
レイが右手を振って、自分の手の感覚がちゃんとあるか確かめていると、アートが笑って言った。
「悪いな、ヴァレリーの悪癖なんだ。
二人とも信頼できるスタッフだ。
これから長い付き合いになるだろうから、そのつもりでよろしく」
「了解しました」
レイの声に張りがないことに気が付いたアートは、レイの体調を気遣った。
「疲れただろう。そろそろ寝ておけ。体がもたんぞ」
レイは、そう言われて、ようやく、自分がもう24時間以上起きていることに気が付いた。
「アート少尉もお体に気を付けて」
レイはブリッジを後にして、割り当てられた自室に入った。
床につくと、体は疲れ切っていたようで、レイは案外すぐに寝入った。
漆黒の空間にぽつりとドラコン級戦艦が二隻浮かんでいる。
ブリーフィングルームには、二十人ほどの兵士たちを前にして、ヨハン大佐が作戦内容を伝えている。
部屋の前に設置されたスクリーンには作戦概要と地図が映し出されていた。
「以上のように、ギュゲスのリングシステムを使用し、私たちで要塞ペイシストラトスを強襲する」
前列の兵士の一人が手を挙げて質問する。
「良いんですか?ヨハン大佐。
本国からは、まだ待てと言われていますが」
「なるべく早く攻めるべきだ。
相手が予測していないタイミング、場所でな」
「政府筋からもらった情報ですよ。良いんですか?
あっちの言うことを聞いてやらないと、今後は情報もらえなくなるかもしれませんよ」
「構わんよ。あいつらが情報をくれたことなどほとんどない。
それに、遠くの安全なところから指揮してるやつには、現場のことなど分からん。
帝国軍がギュゲスの機密を解析したら、この作戦は絶対に成功しない。
出し惜しみをしていても仕方ないさ」
部下は肩をすくめた。
「その通りかもしれませんね。分かりました。
ここまで来たからには、もちろん大佐に従いますよ」
ヨハン大佐は兵士たちの顔つきをうかがう。
良い顔をしている。
ヨハンはそう思った。
「特に異論はなさそうだな。
見せてやろうではないか、ギュゲスの真の性能を」