出撃、そして、対決
プルタルコスが出港してから、レイモンドはシャルラーハの操作を確認していた。
かなり、直感的な操作性で、ありがたかった。
教授でも操作出来たくらいだから、そこまで複雑ではない。
『こちらアート艦長代行だ。レイモンド、聞こえているか』
シャルラーハの内部に通信が入る。
スクリーン上に四角いウィンドウが出る。
ブリッジの艦長のための席に着いているアートが映る。
「はい、聞こえています」
『すぐにギュゲスが一機来る。出撃しろ』
「・・・了解しました」
レイモンドは、こぶしを握り締めた。
なぜ、自分はこんなことをしているんだろうか。
しかし、そんなことを今考えても仕方がない。結局、目の前のことに対処するしかない。
他に誰にもいないと言われたら、自分でやるしかないのだ。
彼には、それくらいの心構えがあるくらいには大人であった。
「ハッチの開放をよろしくお願いします」
『了解した。相手は一機だが、気を付けろ。
別に倒す必要はないからな。
遅滞戦闘を行って、相手を十分プルタルコスから引き離して、帰ってくればいい。
相手の目的はプルタルコスとシャルラーハの確保ないし破壊だ。必ず帰って来い』
レイモンドはうなずいた。
『ハッチ開放。設定されている発進シークエンスに従え』
「了解」
プルタルコスは外宇宙へと出港していた。
レイモンドはハッチが開くと、目の前には巨大なハビタットが見えるが、それには目もくれない。
彼は、シャルラーハのスクリーンに表示される通りに、操縦し、射出用のレールに機体の足を置く。
『帰って来いよ』
アート艦長は神妙な顔つきで言った。
レイモンドは発進シークエンスに集中していて、アートの言葉には気が付かなかった。
「レイモンド、シャルラーハで出ます」
シューッとレールを滑って、宇宙へとシャルラーハは射出された。
ブリッジでは、アート艦長ともう一人しかいなかった。
プルタルコスの整備班に配属される予定だったフリートである。
彼がアートの方を見て、質問した。
「アート艦長代行、教えてあげなくて良かったんですか?」
「何をだ?」
「もちろん、相手が、あのヨハンだってことですよ」
「言って何になる?戦場に立つんだ。あいつだって、何が起きたっていいという覚悟はできているだろう」
「冷たいですね」
「お前にはそう見えるか?」
フリートは肩をすくめる。
「いきなり、“純白の恐怖”を体験するなんてかわいそうですがね」
「あの機体ならやれるはずだ。そう信じるしかない」
アートは祈るように言った。
宇宙に浮かぶシャルラーハのコックピットからは第8ハビタットが見えるが、それをまじまじと見ている心の余裕がレイモンドには無かった。
『敵は第8ハビタットの反対側に母艦を停泊させている。
そこから、ハビタットを迂回して、こちらに接近しているところだから、間もなく姿が見えるだろう』
そのアートの声とともに、スクリーン上に予想されるルートがいくつか表示された。
レイモンドは、予想されるルートの方向に目を凝らすが、全く見えない。
突然、シャルラーハのコックピット内に衝撃が伝わる。
警告のアラーム音が鳴り響き、レイモンドは驚き、体を固くした。
スクリーン上に敵機の方向が表示される。
「何で?下から?」
レイモンドは慌てた。
ギュゲスはハビタット内部を通り抜け、太陽を背にしてシャルラーハに接近していたのだ。
ヨハン大佐の乗る純白のギュゲスはバズーカ砲を宇宙へと投げ捨てた。
「何?バズーカではどうにもならんのか。
やはり、こいつにやられたのだな。カイ少尉は」
ヨハンはつぶやいた。
「脅威の芽は早くつむに越したことはない」
ヨハンはさらに、距離を詰め、至近距離から、マシンガンを撃つ。
レイモンドは必死に避けようとするが、ヨハンは照準を正確に合わせ続ける。
ヨハンは全ての弾を命中させるが、シャルラーハには傷がつかない。
「どうしたものかな。やはり使うしかないのか」
ヨハンは頭をひねる。
一方、レイモンドは恐れおののいていた。
「何で避けられないんだ?」
レイモンドは素人ながら、回避行動を取ったが、一発たりとも相手のギュゲスは弾を外していないのだ。
いくらシャルラーハの装甲が頑丈とはいえ、さきほどのギュゲスとの戦闘でかなり傷んでいる。
このまま被弾し続ければ、壊れても不思議ではないという考えが頭によぎり、レイモンドを焦らせる。
レイモンドは、とりあえず、スラスターを使い、回避機動を取りながら、距離を取るという行動を繰り返し続ける。
しかし、ヨハンは瞬く間に距離を詰める。
マズい。このままじゃ、食い止められない。
そう判断したレイモンドは、ヨハンのギュゲスが接近するのに対して、背部から銃を取り出す。
プルタルコスで手にいれた新たな兵装だ。
見た目は通常の銃とあまり変わらない。
ヨハンが接近しようとするのに合わせて、引き金を引く。
「そんなもの当たらんよ」
そう言って、ヨハンは難なく回避したはずだったが、純白のギュゲスの左腕を太く赤い光がかすめた。
かすっただけだというのに、左腕が蒸発してしまった。
「いや、なんだこれは?
まさか、携帯型プラズマ砲を実用化していたのか」
レイモンドが再び引き金を引くと、銃口から濃赤色の光線が放たれる。
が、今度は、ヨハンのギュゲスは完全に回避した。
その濃い赤色の光線は、宇宙空間では、ほとんど減衰せず、ようやくスペースデブリに当たる。
すると、たちまちスペースデブリは溶けだした。
「一度、まともに当たれば命はないということだな。
まあ、いつものことではあるがな」
ヨハン大佐は不敵に笑う。
純白のギュゲスは宙を舞い、レイモンドの携帯型プラズマ砲、ブルートの放つ光を華麗に避ける。
「動きが読めない。これじゃあ、ぜんぜん当たらない。
最初の一発で決めるはずだったのに、このままでは」
どんどん残弾数が少なくなっていくというのに、レイモンドは、最初の一発以外、十分な打撃を与えられていない。
その事実によって、彼は焦燥感を感じた。
ヨハンは、それを見破っていた。
「相手は素人かな。
さっさと決めさせてもらおうか」
純白のギュゲスは腰部から刃のない剣を取り出す。
「“つか”だけの剣?」
レイモンドはけげんな顔をする。
「まさか、柄だけの剣だと思うまいな」
純白のギュゲスは剣の柄に両手を当て、シャルラーハの懐に入る。
突如として、緑色の刃が柄から現れる。
レイモンドは、ギュゲスの急激な接近に違和感を覚えて、退こうとしたが、焦りのせいで、少し判断が遅れてしまった。
シャルラーハの機動性が高いといえども、完全に避けきれず、脚部の装甲がどろどろに溶けてしまう。
ヨハンはニヤリと笑って言う。
「これならば、あの装甲もはがせるな。
残念ながら、プラズマ兵器は、帝国軍だけの特権ではないのだよ」
ギュゲスはプラズマの刃をもつ剣、クラレントを手にして、シャルラーハを追い立てる。
レイモンドは、距離を取るように努めた。
しかし、さらに、追い込まれていき、最後には、第八ハビタットを背にするしかなくなった。
シャルラーハに純白のギュゲスとは別の方向から攻撃が来た。
スクリーンに攻撃してきた戦艦が強調表示で映し出される。
第八ハビタット付近に停泊していた共和国軍の母艦ドラコンだ。
「敵の援軍?」
レイモンドは、包囲されかけていることに気が付いた。
『ヨハン大佐、援護します。包囲しましょう』
戦艦ドラコンからヨハンのギュゲスに通信が入る。
それを聞いて、ヨハンは焦った。
「いや、ダメだ。あいつに通常の包囲戦術は有効じゃない。
ドラコンは早く退却しろ。直ちに距離を取るんだ」
『ここまできて、そんなこと言わないでください。
私にもカイ少尉の敵討ちをさせてください』
「ええい、戦場で感情的になるなとあれほど言ったのに」
ヨハンはいら立ちを隠せなかった。
レイモンドは、自分が包囲されていて、追い詰められていると感じた。
だが、窮地になると、頭がさえわたるタイプであった。
彼がさきほどカイ少尉のギュゲスを打ち破った時のように、瞬発的に集中力が高まった。
彼は、相手のその行動にこそ、勝機があることを見いだした。
包囲が完成する前に各個撃破すればいいのだ。
その結論に達したレイモンドは、スラスターとブースターを全開にして、全速力で、戦艦ドラコンに向けて一直線で向かって行った。
「マズい」
ヨハンはそうつぶやき、彼もレイモンドのシャルラーハを追って、ブースターの出力を上げるが、まったく追いつけない。
直線的な動きに関しては、ひよっこのパイロットだろうが、熟練のパイロットだろうが、あまり関係ない。
機体の運動性能の差が明白に出てしまうからだ。
そして、シャルラーハは圧倒的に運動性能がギュゲスを上回っていた。
当然、ギュゲスはシャルラーハに直線的な動きでは食らいつけなかった。
シャルラーハはギュゲスを振り切り、携帯型プラズマ砲ブルートを構える。
もう、正確な照準が可能な距離だ。
致命傷を与えられるほどの正確な照準が可能になり、後は引き金を引くだけだった。
レイモンドは迷わず引き金を引いた。
そうしなければ、自分が包囲され、追い詰められて圧殺されてしまうだろうだから、当然の判断だったと言えよう。
宇宙空間を濃厚な赤い光線が突っ切る。
戦艦ドラコンに着弾するや否や、ドラコンの左舷は熱で膨れ上がる。
完全に仕留めるために、二発目、三発目を続けて放った。
ドラコンの船体は熱でますます膨れ上がり、弾けた。
戦艦の腹の中身をさらけだしてしまっていた。
大破した戦艦の残骸が宇宙空間に浮かんでいた。
ヨハンは苦々しい顔をしていた。
「何ということだ。たった一機相手にギュゲスと戦艦一隻をやられるとは」
レイモンドはギュゲスの方を向いて、ブルートを構える。
引き金を引くが、ブルートは何も出さない。
シャルラーハのコックピット内では、ビービーとブザーが鳴る。
「もう弾切れかよ」
レイモンドは悔しそうに言う。
「どうやら、弾切れのようだな」
ヨハンは好機と見て、距離を詰めようとするが、シャルラーハはそれを許さず、高速での鬼ごっこが始まる。
そのとき、母艦プルタルコスのアート少尉から通信が入る。
『レイモンド、もう帰ってきていいぞ。
プルタルコスは十分に戦闘区域から離れている。離脱しろ』
「了解」
レイモンドは短く答えると、急加速して離脱する。
ヨハンは悔しそうな表情を浮かべる。
「相手が引いた?
追いたいところだが、深追いはできん。
私の方もエネルギーが切れてしまう。
退却するしかないようだな。
今回は私の敗北としよう」
決して、ヨハンは冷静さを失わなかった。
そして、ヨハンの駆る純白のギュゲスは宇宙の闇へ消えた。