同棲20時間目
終わらないと言ったな。あれは本当だ
「おっはよー、ヨータ! 略しておはヨータ」
早朝、まだ覚醒していない脳みそに甘美な音が響いた。
なんなんだこれは。
アニメの目覚ましなんか設定した覚えはない。そして勿論、何時も聞いているスマホのアラームでもない。
だが分かる。確実に美少女の声であると。いや、ともすれば美幼女か?
「残念、正解は人妻美人お姉さんだ」
「なん、だとッ!?」
読まれた。完全に心を読まれた。
こんなことが出来るのは、30年来の幼馴染だけ。
薄っすら開けた目に映るのは、見慣れた茶髪のボブカット。少しだけ垂れた目が可愛いらしい。ピンクの唇も、朝からプルップルだ。
白いTシャツも、良く似合っている。
そんな幼馴染のカナ様が何故平日の朝に、我がお家に居る?
なんて思考を悟られないうちに取り消す。
そうだ、昨日から俺たちは……
「おはよう、カナ」
「うん、おはよ」
ゆっくりと身体を起こす。見えて来たのは知らない天井と高く積まれた段ボール。着慣れないパジャマ。
そして二つ並んだシングルベッド。
どう見ても2人暮らしです。
そう、昨日幼馴染である俺たちはこの部屋に共に引っ越してきた。でもルームシェアとはちょっと違う。
親に結婚をせっつかれ、酔った勢いで思わず相手として俺の名前を口走ったカナ。
翌日、俺のマンションの前で土下座プロポーズを敢行。
普段なら笑い飛ばしてる。
だけど、そうともいかない事情があった。
俺が、カナのことを好きであるという、どうしようもない事情が。
プロポーズを受けた瞬間、悪魔が囁いてきたのだ。
ここを逃せばチャンスはないぞ、と。
「昨日買ってきたお弁当、あっため始めてもいい?」
「お願いします。って、朝からありがとな」
「いえいえ!」
慌ただしく部屋を出ていくカナの後ろ姿を見ながら、指でふたつのベッドの隙間をなぞる。
所詮、親への言い訳。仮初の同棲生活。
だけど、俺は本気。ここを経て、交際に漕ぎ着けたい。
勿論、絶対難しい。
これまでの関係や諸々を考えれば、安易に手なんて出せず。
昨日の夜だって、雰囲気は完全修学旅行。
なんならウノまでした。
楽しい。だけど、そこで止まってちゃダメだって心臓が煩く主張する。
「っし、頑張るそ」
小さく決意を固め、ベッドから身体を下ろす。
キッチンから漂い始めたコンビニ弁当の匂いに、戻れない日常を感じる。
もう、変わり始めた。
動き始めた。
「やっぱ、朝食はカルボナーラ一択よ!」
「知らない文化ですなぁ」
幼馴染。だけど、家が隣同士だったことはない。
幼馴染。だけど、恋人だったことはない。
もちろん、夫婦だったことも。
今までと役者は一緒だ。でも、配役が違う。
今日からは、偽物の夫で。
今日からは、偽物の妻で。
そしていずれ…
「この味初めてなんだよね! 味見、して?」
「えっ!? あっ!? う、美味いよ。カナでも食える辛さ」
出されたフォークの先にはヤンニョムな唐揚げ。これは、アーンの姿勢。知らないふりして食べたけど、身体は正直だ。
ピリ辛で美味しい。なんて感想を絞り出してみたものの、そんなの考えてられない。
幼馴染が、いつの間にか恋愛マスターになっていた。
いや、俺がクソ雑魚になってるのか。カナの前では。
「やばい、決める前に俺、入院しちゃう!?」
心臓がうるさい。多分きっと、これから死ぬまでずっと。
大変お待たせしました。
これから改めて、投稿頑張っていきます。