扉の先
ここに来るのは2回目だ。
1回目は1週間と3日前。
「手荷物そんなちっちゃくって大丈夫か?」
「うん。業者さんに頼んだし、どっちにしろ今月中なら家帰れるしね」
「確かに。ならなんとかなるか」
「そちらは大変詰め込んでおられるようで」
「ははっ、ワシの家はもうスッカラカンよ」
「そういうとこすっごいヨータっぽくって好き」
「へ?」
「無駄に手際がいい感じ」
「一言余計だ。まぁありがと」
大型連休の始めの日。
俺とカナは1棟のマンションの前に立っていた。
そう、今日は待ちに待った引越しの日。
関係がまたちょっとだけ動く日だ。
隣に立つ幼なじみの顔をそっと見れば、頬には薄い桃色が映えている。
日曜から比べればとても良い血色になった彼女に安心しつつ、鮮やかに視線を独占した彼女にやはりまた好きを確信する。
色々あってごちゃごちゃしつつ、家具を選び夕飯を食ってLINEをして……
俺らの間にできた溝はうっすいブルーシートでカバーされた。
「……じゃあ行きますか」
「うん!」
セキュリティーを解除してエレベーターを登る。
そしてひとつの扉の前に俺たちは並んで立った。
「いよいよだね」
「……来ちゃったなぁ」
廊下ではお静かに。そんな張り紙を脳内で思い出しつつ、囁くように会話する。
多分カナも一緒の気持ちだろう。
この扉を開けたくて、開けたくない。
「行くぞ?」
「……待って。私がやりたい」
「言うと思った。ほら」
まだなんのキーホルダーも着いていない銀色の鍵を手渡す。
「行くよ」
「いいよ」
すっと透き通る手に握られた鍵が周り、ゆっくりと開けられた扉の向こうから茶色が覗いた。
「いらっしゃい、私の家へ」
「いや俺の家だから」
言い合った言葉にお互いの頬が綻ぶ。
「いらっしゃい、私たちの家へ」
指が宙を泳ぎ、同じように彷徨う手のひらに絡む。
「「せーの」」
体を寄せ合いながら俺たちは同時に俺たちの家へ足を踏み入れた。
「……始まっちゃうな」
「……そうだね」
新生活が始まる。
終わりません