LDK
「……私ずっと考えてたんだ」
カナが一言発する。
短いながらも緊張を滲ませるその言葉に、予想される次の言葉に身が竦む。
「ヨータがこの1週間、何を思ってるんだろうって」
右手の人差し指に茶色の髪を巻き付けながらカナは言葉を続けていく。
それは予想とちょっと違った言葉。
だからといって状況が好転した訳ではなく。
「ただの飲みの席の軽い話が原因で」
あぁ、原因だ。俺がカナを好きになってしまった、いや好きだったって自覚した軽くても重い原因。
「ベッロンベロンに酔った女の、馬鹿な行動で」
1個ずつ、噛み締めるように俯くカナから掠れた音が出る。
俺もそれは何度も考えた。
もしあの時、酔った女が馬鹿なことを言わなければ。
「……ヨータは昔から振り回されすぎ」
俺は今、こんな苦しくなかっただろう。
「だからさ、引越しなんて、同棲なんて……結婚なんて。やめにしようよ、もう。1週間私の我儘聞いてくれてありがと」
普段は桃色なのに、今日は青が目立つ唇がキット結ばれて言葉が漏れ出る。
突きつけられたのは最後通牒。
でも、でも。
まだ負けじゃない。
空気を読み違えていた。
今はおままごとかもしれない。でもそれをまだ続けられるように。もっと長く、強く、一緒にいれるように。
そっと俯く茶色い頭に手をのせる。
一瞬硬くなる腕の筋を裏切る様にピクンと跳ねたそれは抵抗しない。
「……なにしてるの?」
「昔はよくやってただろ? あの頃はこんな茶色くなかったけど」
「……そうだね」
軽いやり取り。
でも感じるそれは棘じゃなくって。
だから次の言葉を吐くことができる。
「やめてくれよカナ」
「……なにを?」
「自分自身を罵るのを」
ギリ耐えた。
普段は能天気な、いやそれを演じているカナは俺の前では何故か決してソレを緩めない。
でも、俯いて唇結んで。たまにだけ、こういう時がある。
確かに今回のは過去最大級で勘違いした
けど、それは今の俺たちの関係が過去最大級だからで。
これはカナ由来の自罰のサインだから。
まだ俺の気持ちはバレていない。
ちょっと悲しくはあるけど、俺はまだ負けていない。
「いっちばん最初の家にしよう。……引越しが面倒いからって、今更辞めようなんて言うなよ!」
普通に考えて頭おかしい発言。
でも、どうにか動かさないといけないから。馬鹿はバカのままで、気付かれないように生きるしかない。
雅に会ったからかなんなのか。
冷静になって自分を責めて、多分今から親に謝って泣いて。
大好きな人に、これから好きになってもらう人にそんな途中退場はさせない。
罪があるのは俺の方なのだから。最愛の家族を落とそうとしてる馬鹿な男は俺なんだから。
「……何言ってんの?」
「お前がいいって言うなら遠慮しない。せいぜい狼に気を付けとけ」
「……じゃあ引っ越し手伝ってね」
「任せとけ」
軽く笑った顔は、涙で腫れてて。
でもいつものあどけなさでは無く、消え入るような大人な笑みだった。
「……家具、買いに行くか?」
「うん」
どっかズレながらも、俺たちの偽りはなんとか安寧を得た。
ギリギリのバランスがいつ崩壊するかにビクビクしつつ。