2話 辺境伯
「まあ、私の部屋というわけではないが……座ってくれて問題ない」
「は、はい……失礼いたします」
私は宮殿内にある応接室に招かれた。カイン様と対面になるように用意されているソファに着席した。涙を拭くことに使用させてもらったハンカチは私がまだ持っている。洗濯をして後日返す予定だからだ。
それよりも私は緊張を隠せないでいた。目の前に出されている飲み物にも手を付けられない。宮殿内の応接室を堂々と占有しているこのお方……カイン・サンタローズ辺境伯。西の国境線を含めた広い大地の管理を任せられている人物だ。
開拓地なども含まれている為、中央の貴族から見ると地方領主という位置づけで見られているらしいけど、実はそんなわけはなかった。
ある程度勉強をしている貴族の間ではむしろ常識の範囲だけれど、サイドル王国の西は強国もあったりで辺境伯の権力は非常に強く設定されている。王家に次ぐ公爵並だとか。だからこそ、子爵令嬢でしかない私は緊張を拭えなかった。
ハンカチは洗って返して失礼に値しないかしら……? それとも貴族街で新品のハンカチを買ってお返しすべき?
「テレーズ殿、そのハンカチだが……どうしようか?」
「は、はい! 綺麗に洗濯してお返しいたします! もしくは新しい物を買って……!」
「いやいや、そんなことをしなくても問題ないよ。そのまま受け取るさ」
「えっ……よろしいのですか?」
「ああ」
私は恐縮しながらも涙を拭いたハンカチをそのままお返しした。
「さて……しかし、一体どうしたのだ? 先程の涙の理由だが、差し支えなければ教えてもらえないか?」
「は、はい……それは……」
婚約破棄のことを話す必要がある。話すかどうか私は悩んだ……カイン様なら話さないという選択肢を取っても、とくに気を悪くされたりはしないだろうけど。でもハンカチのお礼もある、私は彼に事実を話すことにした。
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「婚約破棄……? それも姉君とラゴウ殿との……なるほど、中々複雑な問題のようだな」
「左様でございます……申し訳ありません、このような恥ずかしいお話を聞かせてしまって」
「いや、気にする必要はない。むしろ、聞かせてもらい感謝したいくらいだ」
「カイン様……ありがとうございます」
辺境伯カイン・サンタローズ様……こうしてお話しするのは初めてだけれど、西の国境線を王家から任せられているだけの人物だと思う。とても温かみのある話し方……なんだか私は惹かれているような気がしてしまう。
いえ、これは婚約破棄をされた直後だからだと思うけど。
「しかし、こうして会えたのも何かの縁だ。時間がある時にでも西の我が領地を見て回らないか? 自然豊かな地域が多く、テレーズ殿の気分も晴れるかと思うが」
「よ、よろしいのですか……ですが、そのようなことは……ご迷惑では」
「迷惑ではないさ。どのみち、私は領地に戻る必要があるのでな」
「そういうことでございますか……それなら」
西の大地か……確かに今の私の気分を晴らすには、かなり良いことなのかもしれない。私はカイン様の申し出を受けることにした。