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第十一話

 週明けの月曜日。この日の青柳高校は終業式で、午前中だけ学校があった。

 朝、光が西青柳駅の改札を出ると、ロータリーについ昨日見かけた黒塗りの高級車が止まっていた。あれは、と光が車を見ていたら、ドアが開き、泉が出てきた。


「おはよう。山川くん」

「ああ、おはよう」

「今日から、朝も一緒に学校へ行きたいのだけど」

「別に構わないが」


 昨日、泉に進路のアドバイスをもらったおかげで、光の泉に対する苦手意識は完全になくなっていた。万帆と話す時はあれだけ緊張してしまうのに、泉とはなぜか遠慮なく話せてしまう。たった二日の交流で、瑞樹、万帆、美帆といったこれまでの女子よりも、話がしやすく感じていた。


「しかし、車で送ってもらえるなら、直接学校まで行った方が楽だろう」


 西青柳駅から青柳高校までは徒歩で十分かかる。車の送迎があるのにわざわざ駅から歩くのは、非効率だと光は思った。


「いえ、その、私もそう思うのだけど、昨日山科さんに話したら、なるべく一緒に過ごした方がいいって」

「山科さん?」

「ああ、山科さんというのは私の家の家政婦さんよ。運転手もしてもらっているの。私、両親が東京にいるから、身の回りのことは山科さんにお願いしているの」


 両親とも家におらず、家の用事を一人でこなす光としては、家政婦のいる倭文家のことが上級国民のように思えた。もっとも、この物語では描かれていないが、光も近所に住む叔母が生活の面倒をある程度見てくれており、完全に一人という訳ではなかった。


「そうなのか。俺も、両親が家にいないから、家の手伝いをしてくれるのは叔母さんだけだ」

「そう、だったの。なんとなく似ている……かしら? 私たち」

「そうかもしれない」

「ふふ」


 こうして仲睦まじく登校する光と泉を、数歩遅れて、瑞樹が歯ぎしりをしながら見ていた。


(あいつ、なんで万帆ちゃんの時はろくに喋れなかったのに、倭文と一緒になったら数秒でいい雰囲気になれるのよ……!)


 一緒に歩いていた女友達に「瑞樹、なんか顔怖いよ?」と言われ、瑞樹は慌てて視線を戻した。

 さて、光と泉の会話に戻ろう。


「山川くん、お正月は家族が帰ってくるのかしら?」

「いや、親父は仕事で戻ってこない」

「そう……もしよければ、一緒に涼宮神社へ初詣に行きたいのだけど」

「構わない。俺はいつでもいい」

「二日まで私の両親が家にいるから、三日でどうかしら」

「それでかまわない。倭文さんの親御さんがいる時にわざわざ行く必要はない」

「ありがとう、気を使ってくれて」


 この会話は、瑞樹も聞いていた。さて、このデート情報を活かして、どうやって二人の仲を破壊してくれようか。瑞樹はいろいろな妄想を膨らませていた。


** *


終業式という退屈なイベントを経て、お昼前に二学期すべての授業が終わった。

光は、家庭科準備室へ向かった。休み時間に、放課後に来いという紙のメモが光の机の上に置かれていたのだ。なお泉は、生徒会の仕事が夕方まであり、一緒に帰れないと聞いていた。

家庭科準備室で待っていたのは、瑞樹――ではなく、大地だった。


「よう」


 光は驚いた。ここに自分を呼び出すのは瑞樹しかいない、と思っていたからだ。

 大地は険しい顔をしていた。普段から笑顔をばらまいている大地からは想像できない、不機嫌そうな表情だった。


「どうしてここが」

「お前、ここで清宮とよく話してるだろ」


 まさか知られているとは思わなかった光は、返事ができない。


「心配するな。知っているのは俺くらいだ。秘密は守る」

「どこまで知っている……?」

「お前、清宮の弱みを握っているらしいな」


 光は、心臓を矢で撃ち抜かれたような心地がした。

 瑞樹の名誉のため、あの事件のことは誰にも言わなかった。それが今、なぜか大地にばれている。自分がどこかで言い漏らしたのではないか、と思ったのだ。


「誰から聞いた?」

「清宮からだ。お前に弱みを握られて、そのせいで江草さんと付き合うための作戦を考えさせられている、と聞いた」


 瑞樹が?

 あの事件を一番隠したがっていた、張本人が、それを大地にばらした?

 光は混乱した。何のためにこれまで隠してきたのだろう、と。


「だが、俺が思うに、この清宮の話はおかしい」

「どういうことだ?」

「お前が、人の弱みを握って従わせるような人間には思えないからだ」


 光は大地とよく話す。信頼関係はある。どうやら、大地はいきなり光を悪者だと決めつけないようだ。


「俺なりに色々考えたのだが、実は逆なんじゃないか?」

「逆、とは?」

「清宮が、山川の弱みを握っていて、無理やり江草さんと付き合わせようとしたんじゃないか」


 話を整理すると、大地は瑞樹から得た情報を信じず、逆の状況を想定している。

 光は否定できなかった。万帆のことが好き、という事実はナイーブな光にとって、知られたくない事実だった。瑞樹が体操着の匂いをかいでいた、という件と同じくらい、光にとっては大問題だった。もっとも、今は二人で出歩くところを色々な人に知られたので、あまり意味はないが。


「で、実際、どうなんだ?」


 光は答えられない。とにかく、あの事件の出来事をバラす事だけは避けたい。しかし、相手はコミュニケーション力の高い大地。うかつに何か話したら、感づかれそうだ。

 

「答えるつもりはないか」

「……すまん。清宮の立場を守るためだ。今はそうとしか言えない」

「わかった。お前を信じるよ。だから、一つだけ聞かせてくれ。お前、清宮のことが好きか?」

「どうしてそうなる?」


 光は首をひねり、即答した。


「いや……その様子だと、特に意識していないようだな。男女がこそこそ二人で会っているなんて、理由は一つしかないと思ったんだが」

「前にもお前に言っただろう。清宮とはそういう仲ではない。なぜそこまで疑うんだ」

「俺が、清宮のことを好きだからだ」


 あまりに清々しく「好きだ」と口にした大地。その姿が眩しすぎて、光は目がくらむ思いだった。自分も、こうやって素直に江草さんへ気持ちを伝えられればいいのに、と。


「そう……だったのか、すまん、気付かなくて」

「誰にも言ってないからな。あんまり言いふらさないでくれよ」

「そんなことはしない」


 光も、万帆が別の男子と会話していると、心がおだやかでなくなる時が多々あったので、大地の気持ちはよくわかった。


「なあ、光。お前、手伝ってくれないか」

「何をだ?」

「何だか知らないけど、清宮の弱み、握ってるんだろう? それをネタにして、清宮に俺と付き合うように命令してくれよ」


 大地は半笑いで、本気かどうか、光にはわからなかった。

 しかし、あの事件は瑞樹にとって死活問題だ。それくらいの力はあるかもしれない。それに、もし上手く付き合うことになって、今度の生徒会長選挙で大地が応援演説をやる、となったら、瑞樹も喜ぶだろう。もっとも、それでは泉が不利になるので、そちらへの影響も考えなければならないが……


「考えておく」

「頼むよ」


 この日、二人は久しぶりに駅まで一緒に帰った。このところ女子とばかり話していた光は、大地と話せたことで、かなり気が楽になった。やはり同性の友達は必要だな、と思った。

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