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第十八話

『期末テストの最後の日の放課後、体育館の裏に来てください』


 テストが始まる前日、万帆から光にメッセージが届いた。

 このメッセージ、万帆が打ったのではなく、なかなか行動に移さない万帆に耐えかねた美帆が勝手に送ったのだが、光はそこまで考えていなかった。万帆からメッセージが来ただけで、光は安心してしまい、以前騙されたことなど忘れていた。


『わかった』


 光は短く返事をした。

 どんな結果であれ、テストが終われば万帆の真意がわかる。そう考えた光は、とりあえずテストが終わるまで万帆のことは考えず、テスト勉強に集中した。もっとも、実際は三十秒に一回くらい万帆の顔を思い浮かべていたのだが。

 

** *


 期末テスト最終日。

 教室の皆が競うように伸びをして、情けない声をあげ、解放感に包まれている。

 そんな中、光は足早に教室を去り、体育館の裏に向かおうとした。


「そんなに急いで、どこに行くの?」


 校舎を出たところで、瑞樹に呼び止められた。


「……万帆さんが、体育館の裏に来てほしい、と言っている」

「あらあら。ついに告白かしら?」

「……さあな」

「私も一緒に行っていい?」

「やめろ。お前が来る、と万帆さんに伝えていない」

「じゃあ、ちょっと離れたところから応援してるわ」

「必要ない」

「困ったら助けてあげるかもよ?」


 光は自分だけで万帆と向き合うつもりだったが、この期に及んでも一人で上手くいくかどうか、不安はあった。恋愛経験が豊富(?)な瑞樹の助言があった方が、本当は安心だ。


「勝手にしろ」


 光は瑞樹を振り返らず、一人でまっすぐ体育館裏に向かった。

 体育館裏の一番奥に、二人の女子がいた。同じような体型で、一人は青柳高の、もう一人は他の高校の制服を着ている。光はすぐに、それが万帆と美帆だと察した。

 光が現れると、美帆はサッと逃げ、万帆だけになった。光は、万帆に近づき、彼女の顔をじっと見つめた。


「あっ、あの……そんなに見つめられると、ちょっと怖いです……」

「ああ。すまない。もしかしたら妹の方かもしれない、と思ってじっくり見てしまった」

「……本物ですよ、もう」


 口をとがらせる万帆。少し不機嫌にさせてしまったが、様子はいつもと変わらないので、光は安心した。


「今日は、どういう要件だ」

「あの……はい……ちょっ、ちょっと待ってくださいね……すー、はー」


 万帆は深呼吸をはじめた。こんな雰囲気になったら、流石の光も察しがつく。

 万帆は、光に告白しようとしている。

 光は物事をネガティブに捉えがちだが、もし万が一告白された時の脳内シミュレーションは前日から念入りにしていた。光が先回りして告白してしまったら、たぶん万帆は混乱するだろう。だから万帆の言うことをしっかりと聞いたうえで「よろしくお願いします」と返事をする。そう決めていた。

 というか、どう返事をするか決めておかないと、緊張しすぎて言葉が出なくなるような気がしていた。

 

「ひ、光くん」

「おう」

「これまで、一緒に遊んでもらったり、色々ありましたけど……い、今から、ちゃんと告白、します。してもいいですか」


 が、万帆の言葉で、光の事前準備は全て頭から消し飛んだ。

 告白してもいいですか、だと?

 それを俺に聞くのか?

 いや、好きな女の子が自分に告白してくれるのなら、それは最高に嬉しい事なのだが、なぜ許可を求めるのか、その意味がわからなかった。

 もしかして、瑞樹との怪しい関係を感づかれているのか。

『私は告白したいんですけど、光くんにはもう彼女がいるのでは?』

 そういうことを意味しているのか、と勝手に推測した光は、急に焦り始めた。


「あっ、いや……」

「……だめ、ですか? 心の準備、できてませんか?」

「そういうわけでは……」

「わたしは、準備してきましたよ」


 万帆が、まっすぐ、光を見つめる。

 ぐいぐいと、まるで何の気遣いも知らない小さな子供のように、光に近づく。


「ああ――」

「わた――っと、っきあってください」


 やってしまった。

 話すと同時に、万帆が、頭を大きく下げて。

 肝心な部分を、光は、明確に聞き取れなかった――!


** *


「ねえ、どうなったの? どうなってるの?」

「んー、わかんない、お姉ちゃん告白したのかなあ」


 光と万帆が、一世一代の青春劇を繰り広げていた頃。

 瑞樹と美帆は、その様子を物陰から観察していた。

 美帆はなぜか双眼鏡を持っており、二人の様子を確認しているが、言葉は聞こえない。瑞樹は遠目に見るしかなかった。

 二人とも、万帆が頭を下げたところは見えた。

 それが万帆の告白なのか、光からの告白を断ったのか、二人には判断できなかった。


「お姉ちゃん頑張れ~」

「ちょっと、私を応援しなさいよ」


 二人が不毛な観察を続けていた、その時。

 突然、一人の女子が現れた。

 黒髪のロングストレートに、厳しさと冷たさと誠実さがよく現れた、クールな顔立ち。体はスレンダーな体型だが、それゆえの美しさはあった。


「清宮さん」


 呼ばれた瑞樹が振り返って、思わずぎょっとしてしまった。

 そこにいたのは、倭文泉という、瑞樹のよく知っている女子だった。

 泉は瑞樹と同じく、生徒会の役員を務めていて――

 容姿端麗、成績優秀という点で、瑞樹にとっては次期生徒会長選挙のライバルだった。


「あ、あら倭文さん、こんなところでどうしたの?」


 瑞樹は生徒会役員モードを急いで取り繕った。泉とは、美帆や光と話す時のように、フランクな話し方をしたことがない。むしろ意識して距離を置いている相手だった。


「あの人、山下光くんで合っているかしら?」

「ん、あの子? た、多分そうじゃないかな」

「そう。教えてくれてありがとう」


 泉は、光の存在を確認すると。

 二人のところへ、何のためらいもなく、まっすぐ歩き出した。


「えっ、何あの人!」


 状況が理解できず焦る美帆のそばで、瑞樹は凍りついていた。

 瑞樹にも、泉の真意はわからない。しかし、ものすごく嫌な予感がすることだけは確かだった。

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