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第十六話

 奇跡的仲直りを遂げた光と万帆は、毎日一緒に駅まで帰るようになった。どちらかがどちらかを好きだという『告白』は未だにない。なんとなく仲良しの男女、という仲のままだ。

 しかし、光は相変わらず『万帆と一緒にいればそれだけで幸せ』などと考えていたので、それ以上距離を縮められそうになかった。

 変化があったのは、万帆の方だった。ちょうど期末テストが迫り、なんとなく話す機会が少なくなった頃の帰り道で、万帆が唐突なことを言った。


「光くん……告白って、男子と女子、どちらからすべきものだと思いますか?」

「ぬおっ」


 路面凍結していないのに滑って転びそうになった光。


「あ、あの、一般論です、光くんがどうしたい、とかはいいですから」

「う、うむ……今は男女平等の時代だから、別にどちらからしてもいいのではないか」

「意外とリベラルな事言うんですね……それでも、選ぶとしたらどっちですか」

「そうだな……状況によるが、俺の親父は母親から告白されたらしくて、その時の話を何度も聞かされているから、女性から告白されるもの、というイメージが強い」

「えっ、そうなんですか。うちのお父さんは自分から告白したって言ってました」

「まあ、人それぞれだな」

「ですね」


 話の切れ目にふと目が合い、万帆は顔を赤くしながら目を背ける。


「あの……もう一つ、聞いてもいいですか」

「何だ?」

「光くん、わたしに内緒で、他の女の子と二人で会ってたりしませんか……?」


 またも光は、バナナの皮も落ちていないのに滑って転びそうになる。

 光がそう言われてまず考えたのは、瑞樹のことだった。

 瑞樹と光が通じ合っていることを、光はまだ万帆に話していない。そもそも、光と瑞樹の仲はかなり特殊な関係であり、通じ合っていることを知られたら、瑞樹の秘密を話してしまうかもしれない。それに、瑞樹の策略で万帆に接近した、などとは今更言えない。だから、光は万帆に瑞樹との関係を伝える訳にはいかなかった。


「その子に……告白、とか、されてませんか……?」


 言い訳を考えていた光は、万帆からの問いの続きを聞いて安堵した。それはない、と断言できるからだ。


「そんなことはない。女子から告白されたことは、まだ一度もない」

「そ、そうですか、よかった……」

「良いことでもないがな」

「そ、そうですよね……あの、光くん、これ」


 駅前に差し掛かった時、万帆が片手に持っていたきれいな紙袋から何かを取り出した。

 手編みの、茶色いマフラーだった。


「これから寒くなるし、光くんコート以外に何もしてないから……私が編んでみました」

「手編み、だと……?」

「はい……迷惑ですか?」


 光は暑がりで、マフラーが必要だと感じたことは一度もないのだが、万帆の手編みとあれば話は別だ。


「と、とんでもない。わざわざ編んでくれたのか」

「マフラーだけならそんなに難しくないので」

「ありがとう、さっそく着けてみようか」


 光はマフラーを着けようとしたが、一度もマフラーをしたことがないので巻き方がわからず、汗拭きタオルのように首からさげた後、適当に巻いて、自分の首をしめた。


「あーっ、違いますよ、こうですよ」


 万帆がマフラーに手を伸ばすが、届かないので、光は中腰になった。万帆は慣れた手付きでくるくるっとマフラーを巻き、ちょうどいい具合に完成した。


「ふふ。似合ってますよ」

「そう、か……鏡がないから、わからないな」


 光は嬉しすぎてどう答えればいいかわからず、素直に答えればいいものを、適当に返してしまった。しかし万帆は、堅物の光にもう慣れているので、笑って済ませた。


「あの、光くん」

「何だ?」

「ちょっと相談があるんですけど……期末テストが終わるまで、二人で一緒に帰るのはやめませんか」

「……」


 光は驚きのあまり、唖然とした顔のまま、返事ができなかった。

 誕生日でも何でもないのにマフラーを贈ってもらい、幸福の絶頂にいた光は、この状況から突然、二人の仲が後退するとは思っていなかった。


「あ、あの、深い意味はないんです、わたし、テスト前は図書室に残って勉強するので、光くんに待ってもらうのも迷惑だな、って思って……」

「お、おう、そういうことか。お互いテストは大事だから、そちらを優先しよう」

「ありがとうございます。寂しくなったら、そのマフラーをわたしだと思って、元気出してください」

「それは流石に無理があるな……テストが終わったら、また、どこかへ遊びに行くか。冬休みにも入ることだし、時間はたっぷりあるだろう」

「それはどうでしょうね……」


 万帆から、思いがけず冷たい返事が帰ってきた。


「あっ、電車来ちゃうからもう行きますね。じゃあ、また」


 光は、この日の状況をよく理解できなかった。万帆が急にぐっと迫ってきたかと思ったら、今度は自分のそばから遠くへ離れてしまった。

 何はともあれ、テスト明けまで待つしかなかった。

 呆然となった光は、銅像のようにしばらく立ち尽くし、乗るべき電車を三本も見送ってしまった。

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