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水島素良短編集  作者: 水島素良


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8/11

4と7に賭ける

 4と7に賭けるのが好きな男がいた。不幸の4と、幸福の7、この2つで人生に釣り合いが取れる、というのが彼の主張であった。いつも何でもその数字に賭け、そこそこ当てて、そこそこ外していた。男は競馬が好きで、かなりの額をつぎこんでいたが、とにかく当たらないのでいつも貧乏であった。

「あなた、私との仲を真剣に考えてないでしょう」

 ある日、女が男に言った。

「ろくに定職にもつかないで、怪しげな日雇い暮らしで、暇さえあれば競馬場で『4と7だ!4と7に賭けるぞ!』とか言ってる」

「競馬は男のたしなみだぞ」

 男は言った。

「いや、今じゃ女もやってる。若者だってやってるぞ。TVCMを見たことないか?若い男女4人が仲良く競馬場を楽しんでる──」

「あたしは競馬の話をしてるんじゃないのよ。私たちの仲の話をしているの」

「俺たちはいつだっていい仲じゃねえか。映画の趣味も音楽の好みも同じ。あっちの相性も最高ときてる。昨日の夜だって──」

「あなたはいつもそうやって話をそらそうとするわね」

「そらしてないだろ。俺たちのいい仲の話をしてるんじゃねえか」

「別れましょう」

 女はきっぱりと言った。

「私は将来が欲しいの。未来の確約が欲しいの。あなた、私と結婚を考えてる?」

「結婚?まだ早いよ」

「悪いけど、女にはタイムリミットがあるの。いつまでも4と7にばかり賭けて外してる時間はないのよ。さようなら」

 こうして男は振られたのであった。しかし納得がいかない。未来が欲しいだの真剣に考えてないだの、何だかはっきりしない理由で、夜のお楽しみ──いや、大切な彼女をなくしてしまった。女はわからん。男は夜、バーに友達を呼んでやけ酒に走ろうとした。

 しかし、友人はこう言った。

「バンドを解散して、就職することにしたよ」

 男は目玉が飛び出るほど驚いた。この友人とは小学校以来の長い付き合いだが、いつも音楽、音楽、音楽、そればかり考えている男だった。何があっても音楽からは離れそうにないと思っていた。なのに、バンドをやめる?

「それは何だ。冗談か?曲が売れなくて弱気になったのか?」

「いや、違うよ」

 友人は笑った。

「結婚するんだ」

「ケッコンンぅ!?」

 男はやはり飛び上がらんばかりに驚き、実際に椅子の上で何度かはねた。

「来年、子供も産まれるんだよ」

 友人はあくまで満足そうに笑っていた。

「俺、長らく『自分には何かが足りない』と思ってて、その思いをロックにぶつけることで生きてきたけど、彼女と付き合ってみてわかったよ。俺に足りないのは愛だと。家族の愛だよ」

「はあ」

 男は啞然としていた。今度は愛か。わけがわからん。

「俺、家族がめちゃくちゃだったろ」

「そうだっけ?」

「母親はヒステリーだし、親父はすぐ怒鳴り散らして、家にはめったに帰らない」

「ふつう親ってそういうもんじゃねえの?」

「いや、お前んとことはレベルが違うまずさだったんだ、うちは」

 男は自分の家族を思い出してみた。母親は朝から『調理用に使う』と言って買い込んだワインを飲みあさり、父親はたまにふらっと帰ってきたと思ったら、テレビに向かって『釣りバカ日誌』や『寅さん』ばかり見ていて、子供が視界に入ったことがあるのかも怪しいくらい、そこから動かなかった。食事もみんな別々にそれぞれが腹が減ったときに棚や冷蔵庫をあさって──。

「お前はどういう生活をしてたんだ!?」

 男は心の底から疑問に思って尋ねた。

「俺のひどい家よりレベルが違うってどういうレベルだよそのレベルは」

 友人はアハハハと笑い声をあげてから、こう言った。

「昔のことを思い出すのはやめにしたよ!だって俺には未来があるからね!」

「未来」

 男はつぶやいた。どこかで聞いたことのある単語だ。

「新しい妻と子供さ!さあ!輝ける未来に乾杯しよう!」

「はあ」

「お前も早く彼女を捕まえたほうがいいぞ」

「はあ」



 次の日。二日酔いの頭で、ゴミだらけの自分の部屋で目を覚ました男は、突然『未来』という言葉がレンガのような塊になって頭上に落ちてくるのを見た。文字通り、頭をガツンとやられたようだった。

 未来。

 そうだ。俺に足りないのはその発想だ!

 今までいろんな人に「もっとしっかりしろ」「まじめになれ」と言われても全く気にせず遊んでいた男が、なぜかこの朝、心を入れ替えた。まず、部屋のゴミを捨て、床や窓をきれいに拭いた。すっきりした部屋を見て満足していたが、そのうち何かが足りないと感じた。ちゃんとした家具が欲しい。しかし金がない。そうだ。まずは働いて金を貯めなくては。4と7に賭ける生活は終わりだ。これからは堅実に生きよう。

 男は今まで見向きもしなかったハローワークへ行った。そこで、

「職業訓練を受けられますよ。生活費つきで」

 と言われてほいほいと話に乗り、今まで想像もしていなかった建築に関する技術や免許を得た。意外にも、それは男に向いていた。

 順調にコースを終え、無事に就職した。そのあとも新たに難しい免許を取って昇給し、金が入るようになった。新しい家具も買った。

 しかし、まだ何かが足りない。

 そこで男が思い出したのは、やめておけばいいのに、昔振られたあの女のことであった。

 そうだ、あいつの言うことは正しい。あいつはいつも俺の欠点を的確にビシッと指摘してくる。しかもあの体ときたら──思い出すだけで体がビンビンに興奮する。あれはすごい女だ。そんな女が俺の妻にふさわしくないはずがない。

 男は一人で盛り上がり、求婚の準備をした。以前ならバカバカしいと思ったであろう高価なスーツを買い求め、ちょっとおしゃれな理髪店で髪を整え、高級な宝石店でダイヤの指輪を買い求めた。サイズがわからなかったが、「後でお直しできますよ」と店員が言ったのであるものを買った。

 そして久しぶりに女に会った。女は浮かない顔をしていたが、体の曲線は変わっていなかった。おお、この曲線を他の男に見せたくない。いや、自分のものにして見せびらかしたい。昔やっていたように。

 男はここ最近、自分が真面目に働いていること、妻が欲しくてたまらないことなどを熱心に話した。そして、指輪を差し出した。

「悪いけど、あたしもう付き合っている人がいるのよ」

 女は言った。全く顔色を変えずに。

「若くてかわいい子。俳優を目指してて、今はエキストラみたいな小さい役しかもらえてないけど、いずれ成功すると思うわ。だって美形なんだもの」

「ちょっと待ってくれ」

 男は慌てて言った。

「お前、俺には未来がどうとか結婚がどうとか言ってたじゃねえか。そんなフラフラして定職につかない若者と付き合ってどうする?」

「人は変わるものよ。あなただって何よ、急に就職してまともになりたいから結婚?時代遅れよ。今は一人一人がスピリチュアルな使命をもって自分らしく生きる時代なの」

「こないだと言ってることが全然違うじゃねえか!」

「だから、あたしも変わったのよ。あんたがかわったようにね」

「そんなにコロコロ変わっていいもんか?生き方ってのは」

「それは自分に言えば?あたし、前のあんたのほうが好きだったわ。バカだったけど少なくとも自由だったものね。今はなんだか、そこらへんによくいる仕事しか取り柄がないオジサンみたいじゃないの」

 男が呆然としている間に、女は去っていった。自分の食事代をテーブルに置いて。まわりの席の客たちは、男を憐れみに満ちた目で見た。しかし、男は落ち込んでもいなければ傷ついてもいなかった。

 まず、この指輪を売ろう。そして週末に競馬場に行って、4と7に賭けるんだ。

 そう思うと、男の中に忘れかけていた賭け事の血がむらむらと湧いてきた。このいまいましいスーツも売ってしまおう。そして全てを馬に賭けるのだ。なぜか知らないが大当たりするような気がするぞ。大金を手にしたらまたススキノの店に繰り出して、あんな女よりもっといい女を探すんだ。

 男は店に入った時よりもはるかに高揚した気持ちで外に出た。街の明かりが自分を呼んでいるような気がした。



 数ヶ月後。

 あいかわらず4と7に賭けてそこそこ外す日々を送っていると、

「あなた、私との仲をどう思っているの?」

 別な女が男に尋ねた。

「え?楽しい仲だろ?このままでいいじゃねえか。なんせあっちの相性もバッチリ──」

「でも、そろそろ、はっきりした方がいいと思うのよ」

「はっきりしてるじゃねえか。楽しい仲だろ?」

「でもきちんとしなきゃいけないと思うのよ。結婚とか」

「そんなことしなくても、お互い自由でいいじゃねえか」

「あなた、私が別な男と付き合ってもいいわけ?」

「いや、それは、ちょっと困るな」

「じゃあ、結婚しましょう」

「あ〜、まあ、いいけどよ」

 というわけで、男は女と結婚することになった。まず、相手の両親に会わなければならない。ところが、

「お仕事は何をされているのかな?何ッ!?建設作業員?そんなやつにうちの娘をやれるか!何?難しいクレーンの免許を持ってる?そんなことはどうでもいいんだよ。娘はやれん!やれんのだよ!」

 女の父親が反対し、当の女まで、

「悪いけど、家族に賛成してもらえない人じゃダメなの」

 と言って、男を振ったのだった。自分から結婚したいと言ってきたくせに!この裏切りにはさすがの男もこたえて、夜中にやけ酒をあおいで顔見知りの店主にグチっていた。

「女なんてのは魔物だ。悪魔だ。残酷だ!」

 ひとしきり悪口を吐いていると、店に一人の女が現れた。既に他の店で飲んできたのか、酔っ払っているようだった。女は暗い顔で男の隣に座ると、

「男なんて残酷よ。悪魔だわ!」

 とつぶやいた。これは聞き捨てならんと男は反論し、男と女のどちらが残酷な悪魔かを決める戦い(酔っ払いの口げんか)が始まった。お互い男の(女の)ひどいところを並べ立てて一歩も引かないまま夜は過ぎていき、その間に消費された酒の量も、店始まって以来のものとなった。



 次の朝。

 男が自分の部屋で目覚めると、隣で素っ裸の女が頬杖をついて自分の顔をのぞきこみ、

「あたしたち、相性抜群だと思わない?」

 と言った。




 かくして、お互いを悪魔だの残酷だのと罵り合っていた男女が結婚した。

 式には、かつて男を振った女たちと、幸せに暮らしている子持ちの友人家族もやってきた。ウエディングケーキには悪魔の格好をした男女のマジパンが乗っていて、友人の子どもたちが競ってそれを破壊し、食べた。

 数年後には、悪魔のようにずる賢い子どもたちを怒鳴りつけながら追いかけ回す男の姿や、競馬で大金をスッた夫に向かって怒鳴り散らす女の声が、近所の人の耳や目に入るようになった。

 男はそれでもやっぱり、週末には競馬場へ行き──ただし、小うるさい妻子を連れてだが──4と7に賭けて、そこそこの当たりと外れ、そこそこの幸せと不幸を手に入れていた。



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