表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水島素良短編集  作者: 水島素良


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

ピンクのハート

 実家の掃除をしていたら、押し入れの奥からぐしゃぐしゃに潰れたマイバッグが出てきた。中には、怪しいテレフォンの広告が入ったポケットティッシュ。

 それと、赤いリボンがかかったピンク色の小さな袋。

 プレゼントみたいに見えるけど、もらった記憶が全くない。食べ物だったら腐ってるだろうなと思って恐る恐る開けてみると、中には少女趣味すぎる、プラスチックのピンク色のハートが入っていた。どうやら鏡のようだ。開けてみると、ハートの中に老けた女が映っている。

 この女には、ピンクのハートなんて似合わない。

 なんでこんなものが出てくるんだ。もらった記憶は全くない。実家にいた頃を思い出そうとしたが、派遣で怪しいコールセンターにいたことしか思い出せない。確か、研修の資料が難解すぎてみんな次々と脱落していったのに、いざ業務を始めたら電話で支店に「この書類のここ間違ってますよ」と連絡するだけの仕事だった。私はそこで、「わからなくても逃げずにとりあえず残る」ことの大切さを学んだ。

 正体のわからない手鏡を棚の上に置いて、私は化粧を始めた。今日は昔の同僚に久しぶりに会う日なのだ。手鏡のことも聞いてみよう。誰か知ってるかもしれない。しかし、当時十分いい歳の大人だった私に、こんなものを渡したのは誰なんだろう。よほどズレた感覚の持ち主に違いない。


「う〜ん」

 カフェランチの席で、ハートの手鏡をじっくり見ながら、津田さんと加藤さんが眉をゆがませた。

「見たことないなあ」

「だよね」

 つまり会社とは関係ないということだ。

「でもこのハートめっちゃインパクトあるよね」

 加藤さんが笑った。

「ほんとに何も覚えてないの?普通、見た瞬間に思い出すもんじゃない? あ! あれだ! みたいな」

「それが、いくら眺めても何も思い出せない」

「水口さんのキャラでもないしねえ」

 津田さんがハートをつまみながら言った。

「水口さんってクールだもんね」

 加藤さんが言った。

「クール? 私が? 自分ではかなり怒りっぽいほうだと思ってるけど」

「えー! 怒ってるところなんて見たことないよ」

 加藤さんが言った。

「いや、増田が人の悪口言うたびに心の中では怒ってた」

「増田!」

 津田さんが叫んで手を叩いた。

「あいつ最悪だったよね〜!!」

 それから私たちは元同僚の悪口で盛り上がり、なんとなく今の仕事の愚痴を言ったりして、なんとなく『また会おうね〜』みたいな空気で別れた。

 結局、ピンクのハートが何なのかはわからなかった。



 会社でなければ学校だろうか。でも、学校なんて卒業してから何十年も経っているし、引っ越しも何度もしている。このハートに気づかないなんてことがあるはずがない。しかもこれは、今の住居の押し入れに、ぐしゃぐしゃに押し込まれていたのだ。つまり、ここに引っ越してきてから何かあったに違いない。

 どうして私は何も思い出せないのだろう。

 怪しいハートを、ハンカチやら何やらを押し込んでいる引き出しにしまい、私はしばらくこのことを忘れることにした。きっとまたあのハートのことは忘れて、10年くらい経ってしまうなと思いながら。


 それから5年ほど経過したある日のことだった。

 高校の同窓会があり、私は久しぶりに故郷の小さな居酒屋に行った。そこには男女(と、性別不詳な一人)合わせて9人ほどが集まっていた。みんな老けていた。当たり前だ。学生時代はもう何十年も前なのだから。昔の思い出を語って笑い、体調を崩しがちになってきている老いた自分たちを笑っているうちに、あっという間に二次会に突入した。

 二軒目で全員がほぼ酔っぱらいと化した頃、

「俺さあ、昔、水口のこと好きだったんだよ」

 赤ら顔になった島川がいきなり言い出した。昔と変わらない丸顔メガネで、頭が薄くなっていて、昭和の漫画によく出てくる頑固オヤジみたいな見た目になっていた。

「え?そうなの?全然気づかなかった」

 私は驚いた。自分は色気とは縁がないと思っていたし、実際男子にもてたことも一度もなかった。自分のことを好きになる男子がいるとは夢にも思わなかった。

「そうだよお」

 酔っぱらいが酒臭い息を吐きながら言った。

「でさあ、俺、卒業式に告白しようと思ったのよ」

「でも、来なかったよね」

 記憶がなかった。

「そうなのよ。いざとなったら勇気が出なくてさあ」

 島川が天井を見た。

「それで俺、お前の妹に頼んだのよ」

「えっ?」

「卒業してしばらくしてさあ、近所で偶然会ったもんだからさ。プレゼントを渡して、俺の気持ちを伝えてくれってさ」

「え?ほんと?全然聞いてないんだけど」

 私は妹にLINEしてみた。すると、

「めんどくさいから姉ちゃんのタンスの引き出しに入れといた」

 と、無責任な返事が返ってきた。

 それを島川に見せると、

「あいつ!!」

 変な声で叫んだ。怒っているらしい。

 そこで私は思い出した。

「ねえ、そのプレゼントってさ」

 恐る恐る聞いてみた。

「ピンクのハート?」

「そうよ!!」

 島川がおネエみたいな声を上げた。

「あー!そうなのか!変だと思ったんだよね!もらった記憶がないのに、こないだプレゼントの包みが押し入れから出てきてさあ!」

「ピンクのハートって何?」

 他の同級生が聞いてきたので、写真を見せた。

「なにこれ〜!」

「だっせ〜!」

「いくらなんでもこれはねえよ」

「マジでピンクすぎる!」

「ウケる〜!」

 全員大爆笑だった。

「うるせえ!うるせえよ!」

 島川が立ち上がって吠えた。

「俺は本気だったの!本気でマジのハートをあげたかったの!」

 そしたら、みんながさらに爆笑した。

「センスは良くないけど気持ちはわかった」

 私は笑いをこらえながら言った。

「ありがとう」

 謎はすべて解けた。

 それからみんなで昔の恋バナをシェアして盛り上がり、この場に来ていない成功した同級生の悪口を言いまくり、終電間近に同窓会はお開きとなった。

 帰り際、島川が走り寄ってきた。

「水口、返事をくれないかな」

「返事?」

「俺の告白の返事よ。ハートの」

 島川は真面目な顔をしていた。

「今日久しぶりに水口に会ってさ、年月が経って老けたけど、やっぱりいいなと思ってさ」

「それって……」

「どう?中年の恋愛」

 終電が近づいてきていた。

「明日……」

 私は考えもせずに言った。

「6時に、ここの駅前に来てくれない?」

「明日?」

「二人で飲んでさ、話して、決めよう」

 私が言うと島川が嬉しそうな笑顔になった。

「わかった!明日!明日の6時な!」

 はしゃいだ声が返ってきた。

 終電のドアが開いた。私は静かに乗り込んだ。島川も軽い足取りでついてきた。


 私は何をやっているんだろう。タイプでもないメガネにうすらハゲのおじさん相手に。でも、これから、今までの人生にはなかったことが始まるような気がする。少し不安で、とても楽しみだ。

 とりあえず帰ったら、無責任な妹に説教しないと。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ