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大胆不敵な名探偵

 発車前にあらかじめ客車の下に仕掛けておいた煙幕が作動するのを確認し、見張りの二人が煙に巻かれて戸惑っている隙を突いて、ジェフはするりと客車の窓を抜け、屋根に移っていた。

(ま、多少風当たりはきついが、特に問題も無かろう)

 そのまま屋根の上を歩き、先頭車両である蒸気機関車まで到着する。ジェフは頭だけ機関室の方に下ろし、中にいた男に声をかけた。

「やあ、カルロス。元気かな?」

「……ッ!?」

 顔中すすまみれの機関士が、目を丸くして硬直する。

「いや、驚かせてしまったね。安心してくれ。私は今、君に危害を加えるつもりは一切無い。そっちに降りても構わんかね?」

「くえ……あちぇ……?」

 機関士はマスク代わりのバンダナを下げ、もごもごと口を動かすが、言葉が――いや、英語が出て来ない。

「(ああ、これは失敬。スペイン語の方がいいかな?)」

「(あっ)、い、いや、英語で大丈夫だ、すまん」

 ジェフにスペイン語で問い直され、いかにも純朴で単純そうな機関士は、ぶるぶると首を振った。

「では英語で。君に用があってね。そちらに行っても構わないかね?」

「ああ」

 機関士の了解を得て、ジェフは機関室に降りる。

「あんた誰だ?」

 尋ねられ、ジェフは素直に自己紹介する。

「私はジェフ・パディントン。君が殺害を依頼されたターゲットだ」

「なっ、……ぱ、パディントンだって!?」

 目を白黒させる機関士に、ジェフは気さくに応対する。

「そう驚かないでくれたまえ、カルロス。君に話があって来たんだ」

「困るよ」

「まあ、そうだろう。殺せと言われた相手が目の前じゃあ、困らないはずが無い」

「わ、分かってんなら何とかしてくれよ。俺、難しいことは苦手なんだよ」

「うむ。では分かりやすい話をしよう」

 ジェフは帽子の帯の間から、一枚の紙を取り出した。

「ここに1000ドルの小切手がある。これを渡すから寝返ってくれないか?」

「なっ……」

 カルロスが絶句したところで、ジェフはこう続ける。

「ところで君が依頼を受けた時、報酬はいくらと言っていた?」

「50ドルだ」

 額を聞いた途端、ジェフは笑い出した。

「ははは、50ドルか! この私をそんなはした金で始末させようとは、随分ケチな相手じゃあないか!」

「そんなこと俺に言われたって」

「いやいや失敬、失敬。話はごく簡単なんだ。まず、君が依頼人からやれと言われたことを教えてほしい」

 ジェフに問われ、カルロスは素直に白状した。

「この先に、地図には載ってないけど分岐点があるんだ。そこを超えたら『連結が外れた』って言って、停まってくれって」

「なるほど。と言うことは分岐手前で9号車と10号車の連結を外し、取り残された10号車以下10輌を分岐点から来た別の機関車が分岐点の先へ牽引し、後は11号車に座っている私を囲むように10号車と12号車から手勢を差し向け、……と言う寸法か」

「ぜんぜんわかんねえ」

「いや、君は気にしないで結構。ではそのまま、分岐点先で列車を停めてくれたまえ。私はそこで途中下車させてもらうがね」

「で、でもあんたを逃したら俺、依頼人に殺されちまうよ」

「なに、問題無かろう。依頼通り、ちゃんと停めるべき地点で停めれば、君は仕事を全うするわけだ。後は私に会ったなどと言わなければいい。相手にしてみれば、私がどこにいて何をしていたかなど、想定の範囲外だろうからね。

 そもそも、君も『グーフィー(まぬけ)・カルロス』などと言う不名誉なあだ名で呼ばれ、西部中を追い回される生活を続けるのはもう、こりごりだろう? こんなケチな依頼などすっぱり忘れて、この1000ドルを持って故郷に帰り、人生をやり直したまえ」

「あ、ああ。本当に助かるよ」

「では停車地点まで、よろしく頼む。……ああ、そうそう」

 機関室の隅に置いてあった椅子に座ったところで、ジェフは肩をすくめた。

「偽名のつもりかも知れんだろうが、『チャールズ・マント』はやめておきたまえ。勘のいい人間が見たら、一発で君が『カルロス・ムント』だと言うことが分かってしまう」

「……名前考えんのとか、一番苦手なんだよ」

 カルロスは恥ずかしそうにつぶやき、ふたたびバンダナで顔を覆った。

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