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パディントンと言う男

 ジェフ・フォックス・パディントンは、元はイギリスの人間だった。だが故郷における3つの事柄が気に入らず、彼は18歳の時に単身、渡米した。1つは、ロンドンの空気の悪さ。1つは、喫茶店で大好きなコーヒーを頼むと「泥水なんか飲むのか」と馬鹿にされること。そしてもう1つは、自分が飛び級で入った大学の教授連中が、尊敬できるような紳士ではなかったことだった。

 ジェフは渡米後まもなく、米軍にスカウトされた。経緯は省くが、彼の並外れた頭脳とずば抜けた行動力、そして何より、獲物を逃さぬ執拗さと狡猾さが、米軍高官の目に留まったのである。以降、南北戦争中に軍籍を抹消されるまでの間、彼は凄腕の諜報員、スパイとして活動していた。

 身元を偽り敵陣奥深くに密かに忍び込むと言う、非常に危険な任務ばかりを任されたためか――彼は危機や危険に対して、恐ろしく敏感になっていた。




「ふむ」

 ジェフは明日乗り込む予定の列車を調べるため、駅舎を探っていた。当然、関係者以外立入禁止の場所であるため、現在の時刻は真夜中である。

 ランタンの灯りで机を照らし、電報によって届けられた運行計画の書類を確認する。

(明日、午前6時30分に到着予定のミシシッピ横断鉄道117便。先頭車両はHKR1100型蒸気機関車。客車が10輌に貨車が7輌。一等客車が2、二等客車が3、残り5輌が三等客車の構成だ。貨物はこのハーデンビルに到着の時点で1貨車分あり、ここですべて下ろす予定、と。

 さて、一等客車には誰が乗っているかな)

 乗客名簿をつつ……、と指でなぞり、怪しい者がいないかつぶさに確認していく。

(ブルース・ウッド、ナタリー・ウッド、……ふむ、新婚旅行かな。ジョシュア・ベイツ……アーヴィン・ブラウン……ジャック・ウォーロック……ピーター・リンゼイ……ま、特に怪しい者はいないようだ。

 二等も……ふむ、特に目につくようなものは無いな。三等は、……うん?)

 三等客車には人名が書かれておらず、人数だけが記載されている。だが、ジェフがいぶかしんだのはそこではない。

(8号車が11人、9号車が16人、そして10号車が、……2人? そして私が乗る予定の11号車が3人に、12号車が4人だって?

 何故乗客が均等に割り振られていない? これでは8号車と9号車の乗客が、あんまりにもきゅうくつじゃあないか。前から順に詰めていったとするなら、8号車より9号車の人数が多いのは妙だ。これは何かあるな……?)

 嫌な予感を覚え、ジェフは乗員名簿も調べてみる。

(……ほう?)

 機関士の名前を見て、ジェフの口からニヤリと笑みがこぼれた。


 翌朝、運行計画と時刻表通りに、町にミシシッピ横断鉄道の列車が到着し、ジェフは特におかしな行動は起こさず、変に警戒するようなこともせずに、素直に列車へ乗り込んだ。

「ふう」

 空いた席に座り、ジェフは新聞を広げる。そうこうするうちに、列車は駅を出発した。

「……」

 記事にろくに目も通さないまま、ジェフは新聞をたたみ、帽子を深めにかぶって顔を覆う。が、耳に神経を集中させ、客車内の気配をじっくりと探る。

(おやおや、あからさまだな。私が狸寝入りを決めた途端、おしゃべりが止まったぞ? 慌てて会話を再開したようだが、どっちも浮ついたしゃべり方じゃあないか。私に注意を向けているのが、丸分かりだ。

 うむ、まったく私の予想通りだな)

 そして、列車の車窓から町が全く見えなくなったところで――客車の床下から突然、もくもくと煙が上がり始めた。

「んでよ、ほれ、あの、アレだ、あの馬が来てりゃ、……な、なんだぁ?」

「か、火事か?」

 会話の振りを続けていた二人が煙に気付き、同時に立ち上がる。

「おい、やべえぞ!」

「どうすんだよ!? これって、……え、どうしろって言われてたっけ?」

「バカ、言うな! バレるぞ!?」

「あっ」

 二人は慌てて標的に向き直ったが――その時には既に、ジェフが座っていたはずの座席には、新聞しか残されていなかった。

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