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人を狩る狐

「いらっしゃい」

 サルーンの扉を開け、一人の男が入ってきた。男はまっすぐカウンターへと歩み寄り、帽子も取らずにすとんと席に着く。

「ご注文は?」

 マスターが尋ねるが、男は何も言わない。けげんに思いつつ、マスターはもう一度声をかける。

「お客さん、ここはサルーンですぜ。席に着いたってんなら、何か注文して下せえよ」

「うむ」

 そこでようやく男は返事し、帽子を脱ぐ。

マスターは最初、肌の色つやや白髪の多い髪の具合から、彼を50はじめくらいの中年と見定めていた。だが、西部ではあまりお目にかかる機会の無い、上下のきりっと決まったスーツと、穏やかながらも、底知れぬ気力に満ちあふれた表情――そして何より、何か重大な決意を秘めた、燃えるようなその眼差しを見れば、彼が30そこそこの、精力的な壮年であるようにも思えた。

 その不可思議なギャップに、マスターはこの一瞬ですっかり、心の中をかき乱されていた。

「あ……と」

「うん?」

「い、いや。……ああ、そうだった。ご注文は?」

「では、コーヒーを」

「こ、コーヒー?」

 西部の真っ只中でそんな洒落た注文を出されるとは思わず、マスターは二度面食らう。

「コーヒーですかい? 何度も言いますが、ここはサルーンですぜ?」

「仕事中は、一滴も口にしないのが私の流儀でね」

「仕事?」

「うむ。人を探している」

 そう言って、彼は懐に手を入れる。拳銃でも取り出すのかと警戒し、マスターの右手が自然にカウンターの下へと伸びる。が、男はぴら、と紙切れを取り出し、マスターに向ける。

「安心してくれ。ただの人相書きだ。名前はウィリス・ウォルトン。先日、K州州立刑務所を脱獄した凶悪犯だ」

「な、……なんでそれを、ここで、俺に聞くんだ?」

 マスターは三度、男を不気味がる。

「ここはサルーンだ。何てことの無い、田舎町のな。そして俺はただのマスターだ。こんなところで聞くような話題じゃ……」「それは」

 声を荒げかけたところで、男がさえぎる。

「君がかつての『バンデッド・スティーブ』だからだ」

「……っ!」

 反射的に、マスターの右手がカウンターの中へと伸びる。だが、男は「心配しないでいい」と続けた。

「今、私が追っているのはウォルトンだ。君じゃあない。君が今ここで、そのショットガンを構えたりせず、ただウォルトンについて、知っていることを洗いざらい教えてくれさえすれば、私はこのまま静かに、店を後にすると約束しよう」

「うっ……ぐ」

 マスターはカウンターの中にあったショットガンから手を放し、その右手で、人相書きを手に取る。

「ウィリス・ウォルトンだったな。ああ、確かに少し前、こいつ本人が店に来た。奴とは昔なじみで、色々『仕事』した仲だからな」

「誰かと一緒に来ていたかね?」

「ああ。30ちょいくらいであごひげを生やした、鼠みたいな男がいたな。ウィリスはダリウスと呼んでいたな」

「ここへは何をしに?」

「『脚』を買いに来た。馬6頭を300ドルで」

「どこへ行くと言っていた?」

「知らん。いや、本当だ。だが――ウィリスは何も言ってなかったが――ダリウスって奴の方が、やたらしゃべってた。メキシコ湾がどうとか、船やら積荷やらがどうとか。あと、何か変なこと言ってたな」

「変なこと?」

「いや、もしかしたら俺の聞き間違いかも知れん」

 言葉を濁すマスターに、男は強い語調で尋ね直してきた。

「聞かせたまえ」

「ん……。いやな。そのダリウスって奴、多分酔っ払ってるかなんかしてたんだろうし、じゃなきゃ、『これで合衆国にケンカ売れるってもんだぜ』なんて、そんなバカなこと言い出しゃしないだろうぜ」

「ふむ」

 男は席を立ち、人相書きを懐にしまいつつ、もう一度マスターに尋ねる。

「本当に、どこへ行ったか知らないんだな? 見当も付かないと?」

「ああ。昔なじみって言ったって、もう何年も前だからな。最近のあいつが何をしてるかなんて、正直、聞きたくも無い」

「そうか」

 くる、と踵を返した男を見て、マスターの右手がぴく、と動く。

「やめておきたまえ」

 が、男が背を向けたまま、それを制する。

「旧大陸では狐狩り(フォックス・ハンティング)などと言うお上品な遊びが流行っているが、私は狩られる側ではなく、狩る側だ。君がショットガンを持ち上げたその瞬間、私の右ポケットに放り込んでいるドラグーンが、君の額に穴を開けるだろう」

「う……っ」

 男の言葉に威圧され、マスターは素直に、カウンターの上に手を置き直す。

「あ……あんた、何者だ? とてもそこいらのゴロツキや、気取った田舎紳士なんかとはモノが違うぜ」

「私かね? 私は『狐』さ。では、失礼」

 そのまま、何事も無かったかのようにサルーンを後にする男を見送り、マスターは額に浮いた汗を拭いながら、ぼそりとつぶやいた。

「『フォックス』――まさか、……まさか奴が、ディテクティブ・フォックス……!?」

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