【タケルという男】
名もなき漁村。
とても小さな集落だ。
ざっと見る限り木造の民家が4つある。
それ以外に少し大きめの建物が真ん中に1つあるだけだっだ。
港からアルパカたくしーで海辺をずっと走り、30分と経たずにあっという間に着いた。
「お疲れ様でした。またのご利用を!」
たくしー協会のオジさんはそう言って、アルパカと一緒に港へ戻っていく。
「海風が気持ち良かった。たくしー様々だね」
リリフはそう言って、背伸びをした。
「いやー早かったね」
「楽だった! ユナといつも何時間も歩くから、いっぱい金があると楽だな!」
アプとレミナもそう嬉しそうに、漁村の方まで入って行く。俺とリリフも続いた。
「次はどんな船? みんな乗れるのかな?」
俺はレミナに尋ねた。
「小さいぞ。ごく小さい。でも、けっこう乗れる気がする! もし乗れなかったら、泳いでいくか?」
「……誰が?」
「それはもちろん……」
「何キロも泳ぎたくないよ」
そもそも俺はどこまで泳げたっけか。
学院に入る前はよく家族と海に行ってた記憶はある。入学後は子ども寮にいた時のプールの授業で少し泳いだくらいか。
「レディーファーストという、ことわざもあるだろう?」
レミナがまたよく解らないことを語り出した。
「レディーファーストは知ってるけど、ことわざって何? 聞いたことないけど絶対違うでしょ? どっから仕入れた知識?」
レミナは失礼な! と力んだ。
「私には言葉を教えてくれた師匠がいるのだぞ。ことわざも師匠から教えてもらった。えーっと猿と木から落とす……」
「なんか、怖いんですけど……」
一体猿と何を落とすんだか……
「お! レミナではないか。どうしたのだ? 随分友達を連れてきたのだな⁈」
「ん?」
俺たちが漁村の入口のあたりで喋っていた時、聞いたことある話し方の声がこちらに掛かった。
「おぉ師匠! また船に乗っけてくれ!」
師匠?
レミナはそう言って、師匠と呼んでいる相手に大きく手を振った。
さっき船でレミナが言っていた、ストゥートから逃げてきた人の息子だろうか?
黒い髪をかなり短めにカットしていて、顔はシュッと引き締まっている。体もかなり鍛えられていて、日に焼けた肌とマッチしていた。
パッと見は俺たちより少し年上くらい……若い長身の海の男! といった感じのカッコいい男性である。
「それは構わないぞ! 島でいいのか?」
「ああ。頼む!」
「丁度良かった。今から島に行く予定だったのだ」
会話を聞いていると、声は違えど話し方がそっくりだ。
「レミナが2人いるみたいね、アプ」
「頭が混乱するわ……」
リリフとアプは笑っている。
「おー君たちははじめましてだな! スワルスト・クロズワ・ケルト・タケルという者だ。よろしくな!」
「スワ、ズワ? ケル……ケル」
うまく言えなかった。
俺は舌がつる。
「スワルストさんでいいんじゃ?」
と、アプ。
「あはは。とりあえずタケルでいいぞ。上の2つは私が昨日考えて付けたのだからな! ははは」
「おー良かった。私の記憶ではタケル・クロズワと認識してたから、自分がてっきり記憶喪失かと思ってしまった」
タケルはケラケラと笑っている。
レミナの言葉からこの人はタケル・クロズワさんのようだ。
(クロズワ……変わった名前だな)
「長い名前に憧れて付けてみたんだが、イマイチ村では評判が悪いのだ。仕方ないから、島に行って自慢してこようかなと思っている。さぁみんな行こう! 船はこっちだ!」
「そんな理由で島に……」
リリフは苦笑いしていた。
タケルの誘導で狭い村の船場への移動はすぐ済んだ。入口からほんの50メートル先に漁で使うであろう漁船が5隻ほど並んでいる。
港の船よりは小さいが、しっかりとした船で10人くらいは乗れそうな感じだ。
「あの端っこのが私の船だ。さぁみんな遠慮なく乗ってくれ! 島まで出発しよう! レディーファーストだ!」
「おぉ、ことわざだな」
と、レミナ。
「ん? なんの話だ? 諺は猿も木から落ちるとかだろう? 慣れてても失敗することがあるから気をつけろって言う戒めだ。まぁいい! 乗ってくれ!」
と、タケルは訂正する。
なるほどそれなら……と、俺は納得した。
少し諺というものに興味が湧く。
「おー戒めか! 落ちるのだな! リン! 私は間違えてたようだぞ」
レミナはことわざ難しいな! と言った。
やっぱり……と俺は思ったが黙っていた。
俺たちはタケルの誘いに従って船に乗り島を目指した。




