【母からの告白】
アパレルとカトレアが出て行った後、レミナと俺はリビングの方へ移動しソファに座って寛いでいた。
昔からあるソファは体を少し動かすたびにギシギシと音が鳴る。少しスプリングが傷んでいるようだ。
「二人とも行っちゃったね…ふぅ今日は色々あって疲れた」
そう呟いたリリフは床のクッションの上に体を預けて休んでいる。
「レミナも疲れた。なんせとーまの道具屋からずっと歩いたからな。さすがにお疲れさんだ」
「ロットから歩いて来たの⁈」
行ってここまで戻るのに一体何時間かかったのか。それは大変だったな……と同情した。
「3人とも、もうご飯にしようね。今ノア肉シチュー作ってるからね」
キッチンから、とても良い匂いがしてくる。そういえば朝食べたきりで腹ペコだった。
「ノア肉! 大好きだ! やっぱり嫁に入るぞ!」
「だから、それはもう良いって。レミナ来たいときに遊びに来なよ。そしたらいっぱい食べれるし、のんびりできるよ」
「そうだな! それが名案だ」
レミナは嬉しそうにソファの上で飛び跳ねる。俺は飛ぶのはやめれと止めたが聞いちゃいない。
「ねぇ母さん、私ここまで聞きたいことあったから今日来たの」
「ん? なあに?」
「ここに来て母さんと会ってから、ずっと不思議だった。リンによく似たレミナを見て……なぜ驚かないのか。なぜ、何も言わないのか」
リリフは疑問をぶつけた。
そういえば……と俺は今頃気がついた。
母はふぅとため息をつく。
「一度会ってるのよね」
「えっ……」
思いがけない言葉だった。
母は料理をしているため、こちらに背中を向けたままだ。
「今日は彼から事実を聞かされたから2人ともここに来たんでしょ?」
母は聞き返した。
「うん……父さんの代理からだけどね。その辺りのこと母さんに色々とリリフと聞きたくて」
俺はマラカナっていう軍人から聞いたことをざっと伝えた。母の顔は見えないので、今どんな表情をしているのか分からない。
「今が昔言ってた『その時』なんでしょ?」
リリフも母に尋ねた。
母は料理の火を止め、こちらに顔を向ける。そして静かに頷き「そうね」と言った。
「いつかその時が来たら、私の知ってることを話そうと思っていた。あなたもリンも聞く権利があるわ。食事しながらゆっくり話すわね。とりあえずご飯にしましょうか」
母はにこりと笑って、シチューの入った鍋をテーブルの上に置く。
鍋からはほかほかと白い湯気が立ちこめていた。野菜や肉が沢山入ったそれは、とても食欲を唆る美味しそうな匂いを放っている。
パンやサラダ、シチューなど各自のお皿に分けられているのを横目に俺たちはテーブルの席に着いた。
レミナも走って来て、椅子に座り母からどうぞと言われた瞬間に食べ始めた。
「うん。美味しいな。肉。美味し美味し。はむはむ」
レミナは無我夢中でシチューをガツガツとかき込むように食べている。詰まるなよ?と俺は注意したが、そんな言葉も御構い無しだ。全く聞いちゃいないレミナはあっという間に平らげお皿を空にした。
「おかわり! 母君!」
「はいはい」
母はシチューをお皿によそい、そしてレミナに渡した。
「レミナいつから食べてないの?」
「さっき菓子食べたぞ! ご飯はユナと別れてから食べてない! うん昨日だな。うん」
「えっ……」
「お金落としたのだ。ご飯買えなかった。でも今美味しい! まんぞくまんぞくだ。ユナの料理はこんなに美味しくない。ヤサイも硬い」
はぐはぐ……とレミナは我を忘れて食事を口に運んでいた。
「いっぱい食べてね。さて、どこから話そうかしらね。やっぱりソルトウェルトと出会った時から話さなきゃダメね」
母は静かに語り出す。
俺たちは食事をしつつ黙って母の言葉を待った。
「まずソルトウェルトは夫でも兄でもないの。私は夫の……ディックの職場にユナと連れて来られて、彼と初めて出会った。彼はその頃夫の上司のシークという人の養子になっていたわ」
「ディック……?」
母は頷く。
「ユナとリリフの本当のお父さん。彼はとても優しくて、持病もあったけどロットの研究所でソルトウェルトと一緒に働いていたの。部下同士の2人はとても仲が良かった。家族は施設の近くの街に住むことができて、たまに4人で食事に行ったり……とても楽しかったわ。でもしばらくして実験中の事故でシークという人が亡くなったという知らせを受けた」
俺はロットの研究所跡で見た記録の父さんの実験をずっとしていた人だな……と思い出す。
「事故のことは詳しくは知らないのだけど、シークの死後は養子だったソルトウェルトがロットの施設の責任者を引き継ぐことになったと聞いたわ。そして2年後あなたが産まれてすぐにディックも病気で倒れそのまま……」
母の言葉にリリフは食事の手が止まる。無理もない……と思いつつ俺はある疑問が湧いていた。
(逆算するとユナとリリフの父が14年前に亡くなり、シークって人が亡くなったのは16年前……俺の年と同じか。なんだろうこの一致……偶然だろうか)
「ソルトウェルトが責任者になったのは確か彼がまだ25歳くらいだったはずよ」
「そんなに若くから……」
リリフは呟いた。
レミナは度々母さんの方を見ていたが、今は食事の方が優先なようだ。両手でパンを口に詰め込み頬張っている。
「ディックの病気はお医者様からまだまだ大丈夫と言われていたから、あんなに早く死んでしまうなんて……と、私は途方にくれた」
母は目線を下ろし悲痛な面持ちで話を続ける。
「心が弱かったのよね。もうどうしていいか分からなくてソルトウェルトに相談をしたら、条件付きで金銭的な支援を買って出てくれた。早くに両親と死別している私1人では赤ちゃんと小さい子どもを育てていくのは厳しくて……条件も聞かずにお願いしてしまったの。きっとユナは私を恨んでるわね。最低な母親だもの」
恨んではいるかもしれない。
ユナは。
「支援を受ける条件は3つ。ユナを彼の養子にして研究所の後継ぎにすること。2歳だったリンを私が引き取って育てること。そして、彼は偽名を使いリンとリリフに父と思わせ、普通の家族のように装うことだった。私は条件を受けすぐにロットの家から引き上げ、この家に引っ越してきた。そして後のことは2人が知ってる通り」
レミナのことは?と俺は尋ねた。
「6年前、リリフが入学して家に私1人になった頃、リンの入学までの様子を教えてほしいと一度、学院に呼び出されたことがあるの。その時ビルの下でカプセルで眠ったままのリンとよく似た子どもを見せられたわ。ソルトウェルトからレミナは戦後すぐに意識を失って、原因不明のままずっと眠っていると。目が覚めたらレミナもまた私に引き取ってほしいと言われたの。その後はなにも連絡はなかったけど、レミナはユナといたのね。私が知ってるのはここまで。2人ともごめんね。こんな情けない母親で」
リサはそう言って席を立ち、キッチンの方へ戻った後、黙ってしまった。俺たちは母にかける言葉も見つからず、食事を再開する。
母のお皿はほとんど手をつけられていなかった。




