【ユナと話そう】
チリーン
チリチリーン
…………………
呼び鈴を押したが応答がない。
鈴の音だけが静かに周りに響いた。
「母さんいないね」
リリフはそう言って段差のある玄関の前で体を翻し、こちらへ戻ってきた。
ここは港のそばにある小さな山を削って作られた土地だ。坂の途中には所々に民家が建っている。
俺たちは港から坂を2つほど登り、頂上にポツンと1つ建っている2階建ての民家までやってきていた。
ここは俺とリリフが学院に入るまで住んでいた家だった。
壁や塀など、あちらこちらで劣化し剥がれたり倒れたりしている。とても裕福とはお世辞にも言えない…なんとも質素で古い家だ。
俺たちは8歳までここでひっそりと育った。
あの頃のほとんど家を空け偽名を使って年に数回だけ帰ってきていた父。
そしてそれに何も言わず、俺たちを1人で育てていた母。
疑問もなく不思議と何も思わなかった。
あの2人は夫婦ではなくあくまで戸籍上は兄妹…実際はただの他人同士だというマラカナの説明になぜか納得するものがあった。
今思うと、夫婦にしてはよそよそしい他人行儀な印象が俺の記憶の中に残っている。
(クローンの俺には、母とか父とかいないんだけどさ……)
ま、とりあえずリサはいないようだから次の行動に出るしかない。
「母君は出かけてるのだな!」
レミナは元気よく言った。
「先にユナに連絡とろうかな。ここなら誰も来ないし。レミナ、通信機でユナを呼び出してもらえる?」
俺はレミナに聞いた。
「おお、いいぞ。ほれ使え。このボタンを1つ長く押す。それだけでユナと話せるのだ。がっき的だ!」
そう言ってレミナは通信機を渡してくれた。
レミナの通信機はかなり薄く小型に作られている。学院のものと違ってモニターは付いていないようだが、とても無駄がなく軽い。
すごい技術だと感じた。
これもユナが作ったのだろうか……
俺はボタンを押す。
呼び出し音が長く……流れた。
音量は小さめ、リリフとレミナに聞こえるようスピーカーにする。
『……はいレミナ? 船動いた?』
ユナの声だ。
俺は内心かなりドキドキしていたが、グリル村でのことを教訓に深呼吸をした。心を落ち着かせてから…と。
『レミナ……?』
ユナは黙ってどうした? と少し怪訝そうな声だ。
「ユナ、リンだよ。港でレミナと偶然会って、通信機借りたんだ。久しぶり」
『リン⁈ えっ、なっ……んで?』
今度は彼のかなり戸惑った様子が伝わってくる。それは顔の見えない通信機でもよく分かった。
「急にごめんね。今は横にリリフとレミナがいる。俺はユナに色々と聞きたいことがたくさんあるんだ」
そう言って、俺はユナの返事を待つ。
「………………………」
ユナは黙っている。
このまま切られてしまうのだろうか。
それならそれで仕方ないと俺は次の彼のアクションを待った。
するとこの状況に業を煮やしたレミナが通信機のそばまで近づいてきた。
というか近づきすぎではないか? と思う間も無くマイク部分に口を押しつけるように強く当てて喋り出す。
「リンはいいヤツだぞ! ユナ! さっき会ったばかりだが。なんとわたしと同じ顔だ! 双子みたいだ! ちょっと男のようにゴツいが」
レミナは俺の持っている通信機に向かい、大きな声でそう言った。
大きすぎて反響したようなキーンという耳障りな音が周りに響いた。
『うわ今度はレミナ⁈ ていうか、リンは男だし、レミナ声大きいから! それスピーカーになってるんじゃないの? また口押し付けてしゃべってるだろ⁈ そんなに付けなくても聞こえるんだって何度も言ってるだろ!』
ユナは呆れた様子でレミナに注意する。その様子はとても懐かしい。
まるで昔の……小さい頃の俺とユナのやり取りでも見ているようだ。
「なんだそれは! リン、ほらユナに言いたいことを言うのだ。ユナもちゃんと聞いてやれ! ユナは逃げてばかりだ。ダメだぞ! なんなら、わたしがそっちに行く。ユナを引きずって。こっちに……」
レミナは興奮しさらに声が大きくなる。
いつのまにか俺の手からすでに通信機を取ってしまっているじゃないか。
そんなに強く持ったら、通信機壊れちゃうんじゃないの? と、思いつつも俺は2人の成り行きにあっけに取られていた。
『わかった! わかった! レミナ、別に僕はリンから逃げてるわけじゃない。学院や国に見つかりたくないだけだよ。全くレミナはもう……全然空気読まない子だね』
「空気は読むんじゃなくて、吸うもんだ! 読んでも美味しくない!」
レミナはさらに強い口調でユナを責める。
ぷっと俺とリリフは我慢できず笑い出した。俺たちの笑い声にレミナはきょとんとして、静かになる。
通信機向こうで、まいったな……と笑うユナの声が聞こえた。




