【リンはバカです】
足。
目の前にだらりとだらしなく垂れた自分の足が見える。
足……しか見えないと言った方が正しいかもしれない。
椅子に腰掛けていても腰にズシリと重い感覚が消えなかった。
「リーン君! 大丈夫? 疲れた? 平気? ねぇ、聞いてるの? もしもーし?」
左横に座っている女の子の声。
彼女は重くなった自分の体をゆさゆさと揺らしている。
それでも俺はうつろな目を向けることしかできなかった。まるでこの体が自分の体ではないかの様に重く疲れ切っていた。
夕食を食べ終わった後、全員が打ち合わせのために会議室に集まっていた。広いテーブルを囲んで、メンバー全員がそれぞれの椅子に座っている。
この部屋は学院のグループの専用室の10倍くらいはあるだろうか。ここは7人で使うには勿体ないくらい広い部屋だった。
俺のいつもの元気はどこへ消えたのか。
手が、腕が、体全体が石の様に重い。
明日まともに動けるかどうかさえ心配になるほどだ。
「リン大丈夫か? 部屋に戻って休んだ方がいいんじゃないか?」
カヲルは心配そうな顔をこちらに向けて聞いた。
なんだか胃の辺りが非常にムカムカする。
「ん? んーなんか調子悪くて」
「マジかよ。お前俺なんかより何十倍も体力あるのに。そんな疲れたのか?」
「あ~? そういや、何か急に疲れたような……風呂入って……その後……何だったかな」
思ったよりも頭の回転が悪く、記憶が曖昧になる。思考や思想といったモノがぐらぐらと脳の内部を駈け巡っていった。
「と、とりあえず部屋で休もうぜ」
そんな俺のままならぬ様子に気がついたのか、カヲルは部屋に戻るよう勧めた。
「あー……うん……部屋?」
「お前ホントに大丈夫かよ? あっ、そうだ! 俺、滋養強壮剤持ってきたんだ。カバンに……それ飲めばきっとマシに……って、ああっ‼︎」
そう言って瓶に目を向けたカヲルは、唐突に素っ頓狂な声を上げた。
「何?」
グレースはカヲルの声に驚き尋ねる。
「ない! 空っぽだ。ビンはあるのに中身がない‼︎ 確か100粒は入って……そんなどうして……」
カヲルは慌てた様子で嘆いた。彼は確実に当惑しているようだった。
逆に俺は、その瓶の中の行方をなぜか知っている。
「あ〜それ、食ったよ〜」
俺は自分の記憶頼りにそう告げた。
「は?」
彼はしばし呆然とこちらに向かって、再度聞き返す。
「だから、俺が食った。お菓子かと思って、ロビーのみんなの荷物を置きに来たときに…」
そう言った自分の声が、頭にガンガンと響いた。心なしか、額に汗が出てきている。
「食ったって、全部? だって、これ薬…ああ! 風邪薬もないぞ。頭痛薬も解熱剤すらも……いくらラベルが貼ってないからって……」
せっかく用意した旅の必需品も、幼なじみによってすべて平らげられてしまったようだ。空になった瓶だけが、彼の手の中に空しく残っていた。
「んー、よく分かんねぇけど、とりあえず全部頂いた。すっげぇ不味かったけど……つぅ~、今度は頭痛い。これ薬なのに効かないなぁ……」
体の中でドクンドクンと耳障りな音がする。
このまま自分はどうなってしまうのか、そういった不安すらも掻き立てられなくなっていた。
「ば、馬鹿か、お前は! 薬4瓶も飲んじまったら、死……」
「ああ~? ふぁ~今度は頭がふらふら……」
目の前が薄く、景色が曖昧になっている。ついには呼吸までもが荒くなった。
「グ、グレース! い、医者呼んでくれ。今すぐだ! このバカ、ホントにバカやりやがった」
みな青ざめて絶句している。グレースはカヲルの言葉に我に帰り、すぐさまフロントに連絡をとった。