【フードスペースね】
俺とドナルドはフードスペースと呼ばれているところまで来た。
『リン・グレイダー、初めてのフードスペースご利用おめでとうございます。『イートイン』へようこそ。好きな席にご自由にお座りください』
入口にいるロボットはそう言って、ふわふわと浮いている。
「どうも」
俺とドナルドは苦笑いして店の中へ入った。
毎回こうやって自分の名前を呼ばれるのかなと思うと少し恥ずかしい。
フードスペースには人は少ないが中に数人はいる。
ロボットの響いた声で彼らはこちらをチラ見したが、すぐに顔を下げて黙々と薄いノートのような画面を指でなぞっていた。
一体指で何をしているのだろう。
ここにもしユナやグレースがいたら、興味深々に彼らに質問したかもしれない。
そしてエップス博士が来てしまったとしたら…それこそ「全部持って帰る!」とでも言い出しそうである。
「食べたいものはテーブル席でメニュー画面をタップすると勝手に運ばれてくるよ。僕たちも席に座ろう? そして窓から街が見れる」
窓際のテーブルまでやってきた。
「うわ、本当に街が一望できる。すごいやまるで未来都市だ……」
おそらく生徒が4万人ほといる『ストゥーベル学院』よりもはるかに広い。
博士の家のような、丸みを帯びた建物が多く目に入る。
「すごいよね。僕はこんなオジサンだけれども、さすがにこの街には凄く興奮したよ。まさか生きているうちにこんな科学文明が拝めるとはとね。でも、ほとんどが使われてない無人の家ばかりなんだよ。人間の数を考えれば当たり前だが、勿体ないよね」
「連れてこられた時は最悪でしたが、ここからの景色は最高ですね。地下とは思えない」
俺は皮肉を込めて言った。
彼は笑っている。
「あっちの建物が人間の女性寮。そしてあの一際大きな塔……あそこにAIの『ラヴァ』がいるよ。人間は近づけない場所だ」
ドナルドは窓から少しピンク色の大きな建物とこの都市の真ん中に聳え立つ……やたら高い塔を指さした。
俺はじっくりその2つを見つめる。
アプの母、セシリアを探すためには行かなくてはなるまい。
(とはいえ女性寮、俺はまだ子供だから良いけれど、オジサンであるドナルドさんは一緒に行かないだろうから1人での行動になるな)
えーあいの『ラヴァ』こちらも後で訪ねてみようと俺は黙って決めた。
「さて、今日は何食べようかな」
ドナルドは席について、テーブルの画面を指でなぞる。これは『すらいど』そして押すことを『たっぷ』というらしい。
これもどういう仕組みなのか分からないが、一人のスペースごとにメニュー画面がテーブルそのものになって映し出されている。
(くっ付いているとか、組み込まれてる感じが全然ないな。触っても指に引っかかるフレームも何もない。本当にここは不思議な世界だなぁ……レミナがいたら興奮して画面を叩きそうだ)
俺はいつのまにか1人で長考していた。
ドナルドからは、食べたいものを悩んでいるようにしか見えないだろうが……
「うーん、メニューは『学院』のカフェの方が美味しそうです」
俺は特に変哲もなく、少ないメニューの並びに感想を述べた。
これといって興味を惹かれない。
ハンバーグやらカレーやら、よくある無難な定番メニューだったのだ。
さすがに機械……ロボットには人間の味覚やら見栄えの楽しみなど分からないかと俺は笑った。
「ほうほう、カフェなんかあるんだ。それはいいな。ご飯が楽しいだろうね」
ドナルドは俺の呟きに『学院』のいわゆるフードスペースに興味を持ったようだ。
「はい。テラスや最近は女子寮の方に新しくパン屋もできました。あそこは当たり前のように何でもあります。でも、今思えば当たり前でもなんでもなかった。旅に出て思ったのですが、衣食住が苦労もなく用意されているのって、とてもありがたいことだったんだなって今になって思いますね」
俺はそう言って、メニュー画面『カレーライス』をたっぷした。