【一緒にここを】
「『学院』の生徒さんなんだね。まさか娘と関わりがあったとは……あの子は無茶をしてないといいけど。さてさて、僕は何から話そうかね。なんでも聞いてくれたら答えるよ」
アプの父、ドナルドと名乗った男性はそう言って笑った。
俺もヘラっと釣られて笑ってしまう。
「ここにはアプのお母さんもいらっしゃるんですか?ドナルドさんはなぜここに?」
とりあえず聞きたいことはいっぱいある。俺は順に尋ねることにした。
「いや、セシリアはたぶんいないよ。僕はロト山脈でマーシャが不思議な機械としゃべってるのを目撃してしまってね。そこを見つかりここに連れてこられたんだ。もう2年くらい前になるかな。以来、どうしようもなくてね」
ドナルドはそう言って両手をお手上げ……といった感じの素振りをした。
俺は彼の言葉に疑問を持ち首を傾ける。
「機械はキーン夫妻確保って言ってたんです。地下都市のどこかにはアプのお母さんもいるはずだと思ったんですが……俺もマーシャとウィルって人をラマダンまで探しに来たら、2人はすでに機械に殺されていて、そのすぐ後に俺も襲われたんです。その時に機械からキーン夫妻会いたいか? と、持ちかけられましたね」
俺は自分がここに来た境遇をアプの父、ドナルドに話した。彼は驚いた顔をしてうーんと考えていた。
「そうなんだ。妻には追うなと手紙を出したんだが……どうやってここを突き止めたのだろう。やはりマーシャに嵌められたかな? 彼女は機械に魅入られ、ここの人工知能の言いなりだった。平等で戦争のない理想の星を作るのだと言っていたよ。強化薬を上司であるウィルに盗ませ、とーまを開放させ、利用したんだからね。まぁ死んでしまったのなら、これ以上僕は故人に対して言うことはないけども」
ドナルドはふぅと一呼吸置いて黙った。
「それを調べるために身を隠したんですか?」
俺は再度質問する。
「いや、最初はわけが分からなくて……まだ未完成だった強化薬が紛失し、生物兵器開発の方ではとーまが消えたらしいと職員から聞かされたんだ。そしてあの事件が起きて、信頼していた部下に騙されたんだと僕と妻は納得した。慌ててロットに向かったが、時すでに遅し……国中の人々は意識を失い倒れ、少しずつ変異してしまっていた」
彼が語る10年前の事実を俺は黙って聞いていた。そして少しの間を置いた後、彼はまた語り出した。
「その時にボロボロになりながら倒れていた『とーま』を見つけてね。見た目は小さなモンスターに近いし、このままじゃ危ないととりあえず彼を匿った。だけど、僕は急に恐ろしくなって……彼の体は少しずつ回復していくけれど、とても苦痛を感じて痛そうだったんだ。僕の働く施設は……国はこんな小さな子供になんて非道なことをしていたんだろうと、急に冷めてしまった。だから、こっそり『とーま』を育てながら自分たちも死んだことにした。娘には本当申し訳ないとは思うけど、もう精神的に限界だった。僕たちは逃げたかったんだ」
そう言ってドナルドは項垂れた。
生物兵器開発に直接関わっていないとはいえ…強化薬を作っていたのは彼なのだ。
「とーまは今でも元気でしたよ。アプはずっと探してました。それこそ国に『学院』に利用されながら体を酷使して……」
俺は2人の現状を伝えた。
「とーま、元気か……良かった。心配してたんだ。アーちゃん……すまない。僕たちはひどい親だ」
ドナルドは両手で顔を覆う。
アプのことをアーちゃんと呼んでいる彼の顔は後悔に満ちていて、確かにドナルドは彼女の父親なのだなと俺は感じた。
「セシリアさんと2人が生きて戻ることが彼女にとっては唯一の救いになると思います。俺と一緒に、ここを出ませんか?」
俺は強い眼差しで彼を見つめ、そう告げた。