【ユナ編】
ーニ年前ー
僕は人気のない道を歩いていた。
今の時間は0時をとうに回っている。
僕が暮らしている寮の門限は夜八時となっており、普通ならばみな部屋で休んでいる頃だろう。
ここは学校だった。
街のように巨大な学校。
おそらくは世界一大きいだろう。
そして僕はここの生徒の一人。
八年前からここは、僕の世界のすべてだった。
(寒っ!)
もうすぐ春とはいえまだまだ寒い。
ましてや人ひとりもいないこんな時間だ。
上着を持ってくれば良かったと改めて後悔をした。
「くそっ」
僕は軽く舌打ちをして、歩く速度を上げた。
これから向かう所は生徒が許可なく入ることができない場所である。
あそこにはこの国の権力者であり、この学院の正式な管理官でもある僕の叔父がいるのだ。
どんな時間であろうと呼び出されてしまったならば、早急に向かわなければならない。
(行きたくないけど、行かなきゃ)
僕は10分ほど歩いて、大きなビルの前まで来た。
入口のそばにいる警備員に目配せをしたあと、持っていたカードキーを使って、僕は扉のセキュリティーを解除、そのまま建物内へと入った。
自分の慣れた足で広いエントランスホールを抜け、奥にあるエレベーターへと乗り込む。
そして三つ目のエレベーターまで乗り継ぎ、ようやく叔父のいる最上階まで辿り着いた。
着いた先には天井の上の方……10メートルはあるだろうか? そんな高さまである、頑丈そうで大きな扉が、訪ね来た者に威圧感を与えながら、静かに開かれてるのを待っていた。
僕はそんな扉を、中の人間にもしっかりと聞こえるよう、いつものように強めにノックをする。
「どうぞ、お入りください」
中からの返事を聞いて、僕は重い扉をゆっくりと内側に押した。
扉の向こう側に広がっている部屋の奥には、こちらに背を向けて、大層な椅子に腰掛けている男がいる。
この男こそが、僕をこの場に呼び出した叔父だった。
「お待たせしました、将軍」
背を向けている叔父に向かって、僕は後ろから声をかけた。
「いつものように呼んで頂いて結構ですよ、ユナ君。急に呼び出してしまい申し訳ありませんね」
将軍と呼ばれた男はこちらの方へ椅子ごと向きを変えたあと、そう言って和かに笑いかけてきたが……。
「お元気で何よりです、叔父さん。それで何のご用件でしょうか?」
僕は感情を押し殺し、淡々と尋ねた。
「少々急な依頼なのです。あるモノを我が研究所の方まで運んでいただきたくて、こんなお時間ですが来ていただきました」
「研究所というと、北の方にあるバモール研究所ですよね? あるモノとはいったい何ですか?」
叔父の研究所は、この国に一つしかないはずだ。
バモール研究所。
兵器開発を中心に取り組んでいる、国から派遣された最高機関……だった。
しかし、今はもうほとんどの箇所が閉鎖されていて、活動は留まりつつある。
この研究所は、八年前の事件を引き起こした原因として、国から停止命令を出されていた。
つい一年前に一部でやっと再開許可が下りたのだが、新兵器開発の研究は行っていないという。
「八年前の事件が起こるまで、我が国では生物兵器の開発に全力で取り組んでいました。それは君も存じてますよね?」
「はい……研究チームにいれば自然と耳にします。ならば、今回の用件も兵器関連でしょうか?」
僕の言葉に叔父は黙って頷いた。
「その通りです。今現在管理されている生物兵器は四つのうち二つ。初号兵器と第三兵器のみ。他のニつはすでに死去しています」
僕は複雑な気持ちで叔父の言葉を聞いていた。
死去という言葉を使ってはいるが……。
(最初から彼らを人として見ていないくせに)
「第ニ兵器は完成して三年後に肉体崩壊を起こし、第四兵器は先の戦争で自爆しました。我が国では長い期間を生体実験に財力を費やし、近年になってやっと成功した初号兵器。その後、ニ、三、四と順調に進んだように見えましたが……」
「四番目の兵器は、確か何万人もの両国の人間を巻き込んで、自滅したと僕も聞きましたが?」
ほとんどの国民は知らされていないが、この事件により、自国と戦争中だった相手の国はほぼ壊滅状態。
この国が戦争に勝利する歴史の決め手となった瞬間だった。
しかし国のトップは今回の事件は損失が激しく、この不祥事は国家の失態だと、研究所の関係者を厳しく追及した。
その責任を取らされた叔父は、研究所の一時閉鎖を決定し、代わりに巨大な学校を建築。
多数の戦争孤児となった子供達を引き取り、教育と生活の場として提供している。
「第四兵器は、人外生物の受精卵に遺伝子操作を用いて、より強固で迅速な兵器開発に成功しています。さっそく戦地に配置されましたが、戦争時にエネルギーが暴走し、大規模な爆発を起こして、とんでもない事件となってしまいました。我が国の兵士と敵国の人間が、広範囲で跡形もなく消し飛ぶことに。残念ですが、まぁ昔の話です。それで運んでほしいというのは、第三兵器なんですよね」
叔父の言葉に僕は驚いた。
今まさに話題になっていたその兵器を、自分に運べと言ってくるとは、ついぞ思ってもいなかったからだ。
しかも三番目は、僕のよく知る彼じゃない。
「第三兵器……ですか」
「ええ、今年で12歳。彼女も初号兵器と同じ胎児遺伝子変異型です。初号兵器は今でも元気ですよね? あなたが一番よく知っていると思いますが、今頃彼は何をしているのでしょうかね」
叔父はそう言って、蔑むように笑ってみせた。
なんだか嫌な笑いだ。
「……分かりました。今夜中に出発します」
僕は余計な詮索はしないことにして、早々にこの場から退去することに決めた。
「よろしくお願いします。地下に待機させていますので、準備が進み次第、連れて行ってください。くれぐれも道中お気をつけて。まぁ兵器と一緒ならば、滅多なことはないと思いますがね」
「はい……大丈夫ですよ」
僕は彼に背を向けたまま返事をし、部屋を後にした。