終戦へ②
戦闘シーンがあります。
戦闘が開始される前、アレグロは入念に武器の状態をみていた。そんな彼に長剣を持って近づく者が一人。
「全く頑固な親父殿だ。俺のポジションを奪うなんてな」
軽い調子で声をかけてきたのは、次男のフーガだ。歯を見せて笑う姿に、アレグロは鋭い眼差しを送る。
「バロックが我のポジションに付いてるんだ。我だけ、戦にでないという訳にもいくまい」
「へいへい。ま、おかげで、俺も前で暴れられるから、いいけどな」
獰猛な獣の目をする息子に、同じような瞳でアレグロは先の戦場を見据えた。
「せいぜい暴れろ。斬り込みは任せたぞ」
そう言うと、フーガは歯を見せて口角を上げた。
殺気だった二人にのんびりした口調で、三男のラルゴが近づいてくる。
「ははっ。楽しくなってきたねぇ」
ニコニコと緊張感のない笑顔を向けるラルゴに、補給部隊のことを確認する。
「こっちは準備オッケーだよ。戦経験者が豊富に集まっているからね。指揮に乱れがなくていいかんじだよ」
最終決戦とあって、今回、増員された兵は通常の二倍。後方の補給部隊には退役した兵士が多く集まった。
その事実に、フーガは肩をすくめる。
「ったく、お前んとこはいいよな。俺のところはド素人も集まって育てるのに大変だった」
思い出して苦々しい顔をするフーガに、どの口が言うんだとアレグロは睨み付ける。
「我が育てたようなものだ。お前はのんびり構えていたではないか」
「親父殿が鬼だったんだよ。ありゃ、地獄のような日々だったと思うぜ?」
「はん。あのぐらいで根を上げるようでは生き延びれぬは」
そう言うとラルゴがはははと、のんびり笑う。
「でもさ。父上が前線に出るっていうから、兵士も集まったようなもんだよ? 父上の右腕をしていたスクリット爺さんまで出てきて、口うるさいこと言われたよ」
ラルゴは肩を竦めながらも、どこか晴れやかに笑う。
「全く。退役したらのんびりしたらいいのにねぇ。バカばっかりだよ」
「仕方ねぇさ。なんてたって、上がバカなんだから。五十を過ぎたら隠居しろってんだよ」
「だよねぇ。母上を泣かせて、本当に頑固ジジイだよ」
「ま、そのくそジジイのおかげで俺たちは戦ってこられたってのはあるけどな」
「あはは。ほんと。見事にバカにされちゃったからねー」
軽口を叩く息子たちにアレグロはふんと鼻を鳴らす。
「バカにならなきゃ、勝てぬ場合もある。無駄口叩いてないで、持ち場に戻れ。そろそろ時間だ」
へーいと、軽口を叩いてふたりは戻っていく。
解散したとき、三人はもう親子の顔をしていなかった。そこに居たのは、どうやって敵を叩き潰すしか考えていない、三人の兵士だった。
バロックの号令と共に兵が進む。アレグロは馬に乗り、駆け抜けていく。最前線にいたフーガと兵士たちは、出てきた敵に向かって突っ込んだ。迎え撃つ敵の大男は、フーガたちに向かって吠えた。
「異教徒共め! 神の加護を受けた我らに敵うと思っているのか!」
豪剣が振るわれ、一人の兵士が倒れる。血を流し倒れる兵を一瞥し、フーガが剣を振るう。ガキンっと、鈍く打ち合う音が響いた。フーガは全身の力を腕にのせて、踏み込んだ。
「うるせぇんだよ! 人を殺すことしかできない神なんぞ、お前ごとぶったぎってやる!」
上下に分かれた鎧の隙間にフーガが剣を突き立てた。
「己! 貴様ぁぁ!」
血を吹き出し、膝から崩れる相手の首の頸動脈を切り、生命を絶つとフーガは襲いかかる無数の兵士を見て、口角を上げる。血で濡れた剣を振るい、すぐさま戦闘体制に入った。
「それじゃあ、たんねぇんだよ!」
土埃を巻き上げ、重く鈍い音を立てながら、剣が激しく鳴り響いた。
敵国の分厚い壁の前で、フーガとアレグロは戦いを続けていた。すでに4日が経過している。交代で後ろに下がってはいるが、変わらない状況に疲労の色は濃い。
フーガは額に汗をして、また一人倒した後、後ろにいるはずのアレグロに向かって怒鳴る。
「くそジジイ! 生きてるか!」
アレグロも同じように息を切らせながら、敵を切り刻む。
「くそはやめろ! 生きておるわい!」
二人は敵を倒しながらも戦況をみるため、一度近づいた。
「くそっ……うじゃうじゃでてくるな。不死身か奴らは……」
「聖女の術でも使っておるのだろう……」
「けっ。グリッド国のザック王子はまだ動かねぇのかよ!」
忌々しげに吐き捨てて、フーガはまた敵を倒し、空を睨み付けた。
グランドールと協力体制を申し出たグリッド国のザックは、この戦に乗じて敵が囲う〝唄歌いの聖女〟たちを解放する手筈だった。
敵は人数的にいえば、グリッド国の四分の一だ。少数派の彼らが何度も水の領地を攻めいれたのは、〝唄歌いの聖女〟の力があったからだった。
彼女たちが唄を歌うと、肉体強化と、どんな傷も治す奇跡の力が発動される。聖女の解放はこの戦いの勝因を左右した。
その話を聞いたとき、アレグロたちは信じられない気持ちになった。しかし、グランドールが連れて帰ってきたメロが同じ力を使ったという話を聞いて、信じられたのだ。
ザックは聖女を解放したら、矢を空に向かって放ち合図をする。それを見届けて敵の頭まで一気に攻めいる計画だった。
しかし、その合図がこない。しかも、敵は分厚い外壁を盾に、強化した兵を送り込んでくる。前線にいたアレグロたちは苦戦を強いられていた。
「くそっ。壁を崩さないと、話になんねぇ! ディーンは死んじまったのか!」
「いや、死んではいない。外壁から敵が落ちてきた。奴はあの上で戦っておる!」
敵を倒しながら、アレグロは外壁の上を鋭く見据えた。
ディーンはアレグロが能力をかって、前線に出した兵士だ。小柄な彼は壁の隙間から中に入り込んでいる。外壁に置かれた砲台を撃つ敵を倒し、無効化する作戦だ。
だが、一人で無数の兵士を倒していくのは至難の業だ。
それでも、アレグロは壁の上から敵が落ちてくるのを見て、ディーンが戦っていることを確信した。
砲台が無効化されれば、その隙をついてバロックが砲弾を撃つはずだ。そして、分厚い壁は崩れるだろう。
「ディーンは戦っておる! バロックと奴を信じろ!」
アレグロの一言に疲弊した兵士が顔を上げて、唸り声を上げて奮起した。
その時だ。
アレグロたちの頭上に黒い砲弾が舞った。
「待避しろ! 巻き込まれるぞ!」
放たれた砲弾が、爆音と共に壁を崩していく。
最前にいたアレグロたちは待避したが、一歩、遅く爆風で吹き飛ばされた。
敵も味方も巻き込んだ爆風にアレグロもフーガも地面に叩きつけられたが、生きていた。
「くそっ……バロックのやろう……後でぶっ飛ばす」
「……っ……次が来るぞ、離れろ!」
アレグロの一言で全員が駆け出した。続け様に撃たれた砲弾に壁が崩れる。
「今だ、ゆけぇ!」
アレグロの一言に動ける兵士が次々と壁の中に入っていく。アレグロも進もうとしたその時だ。前方に注意を向けていた彼に敵兵が斬りかかる。
肩口をやられ、アレグロは苦痛で顔を歪めた。フーガはそれを見て、叫びながらアレグロの元に近づこうとする。
「親父殿!」
「馬鹿者が! ゆけと行っただろう!!」
アレグロは斬りかかってきた敵兵をなぎ倒し、息子に託した。
「お前は中に入って頭を捕らえろ! ゆけぇ! フーガ!!」
フーガは苦悶の表情を一度して、瓦礫をかき分け壁の中に入っていった。
アレグロは血を止めることもせずに、吼えた。
「我、アレグロ=マグリット! 我の首を取りたい奴はかかってまいれ!」
自分の名前は敵兵にも伝わっているだろう。フーガを追って中に入る敵兵を食い止める為にわざと名乗った。
作戦通り、敵兵はアレグロが負傷していることもあり、こちらへ向かってくる。
一瞬、カノンの涙を堪えた不安げな顔が過る。
アレグロは口角を上げた。
「案ずるな。俺は死なん。カノンを置いて逝くわけないだろう」
アレグロは咆哮して、剣を振り上げる。
――ガキン!
重く鈍い音を立てて、剣が打ち合った。
壁の中に入ったフーガは、同じように突撃してきた兵士たちに向かって、声を張り上げた。
「無抵抗な民間人は殺すな! 略奪行為も許さねぇぞ! 目指すは大聖堂だ! それだけを目指してゆけ!」
事前にザックから敵内部の情報を渡されていたフーガは、敵の頭――大司教がいる大聖堂を目指した。
その時、無数の矢が空に放たれる。聖女が解放された合図だ。
「くそったれが! おせぇんだよ!!」
忌々しく吐き捨てて、大聖堂を目指す。大聖堂前は残っていた兵士が壁のように盾になっていた。
フーガは上下左右に視界を巡らせ、弓兵がいないことを確認して、加速する。
「邪魔だぁ! そこをどけぇ!!」
敵兵を蹴散らし、兵士たちと共に分厚い門をこじ開ける。開いた瞬間、残党が出てきて兵士に剣を突き立てた。それに舌打ちして、フーガはすぐさま、敵兵に剣を振って倒す。
乱戦が終わると、薄暗い大聖堂内へ入っていく。
「大司教さま……ここはわたくしが!」
突っ込んできたフードを被った男を簡単に切り裂く。奥で睨みつけてくる男にフーガは目を見開いて、口角を上げた。
「やっと会えたな。くそやろうが……」
今まで育てた兵士は、目の前の男によって死んでいった。その恨みはフーガの中で燻り続けていた。諸悪の根元を見つけたことは、歓喜となって彼の全身を駆け巡った。
「捕らえろ! 生かして全員の前にその面を晒すぞ!!」
捕らえたのは二十名。
この者たちは、国の処刑法に基づき、首を吊るされる公開処刑となった。




