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わたしの愛しの頑固ジジイ  作者: 黒椿りすこ
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第三王子の隠し事

 カノンにグランドールとメロは色めいた関係はないと言われたアレグロだったが、やはりどうにも腑に落ちなかった。


 バロックをひっつかまえて吐かせようと壁ドンをしたが、彼は忠誠心の塊で、アレグロが聞きたいことは吐かなかった。


「そんなに我らが信用できぬか?」


「それは違います。信用しているから、守りたいから言えないこともあります」


 バロックはアレグロの覇気に気圧されずに、淡々とした声を出す。


「メロ様のことは殿下が決めることです。私の口からは何も言えません」


「ふん。いっちょ前な口を聞くようになって……」


 壁から離れて、アレグロは大きく肩で息を吐いた。


「お前たちを信じる。今まで通りな」


 そう言うとバロックは第三王子の側近の顔から、息子の顔になった。



 グランドールとメロのことは静観を決め込むことにしたアレグロだったが、後に別件でひどく動揺することをバロックから聞かされる。


 医師のムルソーがいる医療施設に呼び出された彼は、衝撃のあまり言葉を失った。


「……まさか、冗談であろう」


 信じられなくて否定するようなことを言ってしまう。それを察するようにバロックは視線を逸らした。ムルソーだけは穏和な表情を崩さず、淡々とグランドールの体のことを話す。


「殿下は死病にかかられています。今の医学では治すのは不可能です」


 その事実にアレグロは頭を抱えた。彼はグランドールが王位につけばよいと考えていた。王もそれを望んでいる。身内を殺す算段をする他の王子たちより、グランドールの方がずっとよき治世を築くだろう。


 それなのに……


 アレグロは両手に拳を作り、憂いを頭から追い出した。嘆くことは後でいくらでもできる。今、大事なのは、何をすべきか見極めることだ。


 アレグロは頭を大きく振るい、ムルソーを見た。


「……殿下は元気そうに見えるが、体の具合はどうなんだ」


「殿下の病は内から蝕まれる病です。進行は遅いです。手足の痺れ、視力の低下が現状では出ています」


「……熱は頻繁に出されているが」


「そうですね。殿下は自分に厳しいかたなので無茶をしがちです。体の方が悲鳴を上げてしまうのでしょうね」


 穏やかな声で言われたが、鉛を飲み込むような気持ちになる。言葉が続けられず、長い息を吐き出した。


 ムルソーはグランドールの気持ちを優先させているのか、現状のままがベストだと言った。それに、アレグロは納得しない。


「病ならば、過度な任務は負担になるだろう」


「そうですが。殿下をベッドにくくりつけて安静にしろという方がかえって、病を進行してしまうかもしれません」


 わかってあげてください。と、言いたげにムルソーはグランドールの気持ちを代弁する。


「殿下は戦を終わらせるというのを使命に思ってます。それを取り上げたら、殿下は生きる意味を失うかもしれません」



 その言葉にやるせなさがつのった。眉根をひそめて、ぽつりと呟く。


「生きていてほしい人が死ぬなど……戦と同じだな……」


 脳裏に父と、去ってしまった兵の顔が浮かんだ。



 ムルソーに話を聞いた後、バロックに呼び止められたアレグロは、駐屯地の彼の部屋で話をすることにした。


「まだ、何かあるのか?」


 暗澹(あんたん)とした気持ちを引きずっていたアレグロは、いつもより弱々しい声でバロックに話しかけた。


 バロックは先程までの悲壮感を無くし、側近の顔で告げた。


「グリッド国に送っていた密偵から連絡がありました。第二王子ザック様が殿下に会いたいと申し出たそうです」


 その言葉にアレグロは、驚き目を見開く。


「それは誠か」


「えぇ……協力関係を結びたいとの申し出です」


 アレグロはバロックの言葉に眉根をひそませた。


 グリッド国は宗教の考えの違いから、二つにわかれている。ザックは敵ではない穏健派の王子だ。その王子は確か、王位継承から外れ、国政から遠ざかっているはずである。


 それに、穏健派は一度、過激派に攻め入れられ、輿入れをした王女ロザリーナも亡くなっている。その際に、こちらの国とも交流が絶たれていた。


「どうも匂うな……排斥された王子が殿下と会いたいなど……」


「そうですね。もし、敵を打倒するべく手を結ぶなら、国同士でやるべきです。それを内々に、しかも殿下に会いたいというのは、敵と手を結んだ妃殿下たちが動き始めたんじゃないですか?」


 バロックの言うことは最もだ。


「分かった。早々に調べさせる」


 お願いしますと、言われ、アレグロは部屋を出た。




 ***



 アレグロは次男フーガと、三男ラルゴに探らせていた王妃一派の動きを報告させた。ラルゴは兵士のリストを持ってきて、五名の兵士を指し示した。


「妃殿下のご実家、公爵家と繋がりがありそうな兵士は五名だね。でも、今のところ変な動きはないんだよねぇ……むしろ、よく気が利く。周りの兵士にも慕われている」


 フーガも肩をすくめて、そうそうと同調する。


「こっちの二人は俺んとこの奴だけど、剣の腕もいい。礼儀も正しい。笑顔も爽やか。非の打ち所がねぇ、優等生だ」


 その言葉に、ラルゴは口の端を上げる。


「ま、爽やか優等生なんて、仮面被ってるってかんじだけどねぇ」


「だなぁ。うさんくせぇ」


 二人は顔を見合わせて、ニヤニヤと獲物を狙う獣の目をする。それに、アレグロは静かに告げた。


「尻尾が出ないのなら、出させろ。手段は選ばなくてよい」


 静かに告げると、二人は獣の目を爛々と輝かせた。フーガは手をポキリポキリ鳴らして歯を見せて笑う。


「本当に手段は選ばなくていいんだな、親父殿」


「よい。それから、父上と呼べといつも言ってるだろう」


「やだね」


「…………」


 ラルゴは満面の笑顔になって、物騒なことを口にする。


「わーい。僕、拷問、大好き♡」


「訓練と称してやれ」


「はーい。訓練、訓練。さて、どうやっていじめてやろうかな?」


 怖すぎる笑顔にアレグロは深いため息をつく。


「殺すなよ。証拠として生かしておくんだぞ」


「わかってるって」


「うんうん。わかってるって」


 笑顔すぎる二人に心配になるが、アレグロはこの件を二人に任せた。


 フーガはこれでも前衛を任せて長い。兵の引きかたも心得ている。命のやりとりは身についているだろう。ただ、戦闘狂で剣を振るうのが大好きなだけだ。


 ラルゴも後方支援としては能力は高い。ただ、趣味嗜好がアレなだけだ。想像したくない何かで、目星の兵士たちから情報を聞き出すことだろう。……何をするかは本当に想像したくはないが。


(……二人とも戦に染めすぎたな……)


 戦局を見る自分とは違い、戦にいく二人は人の生死を目の前で見てきた。全うな神経では乗り切れない状況も多々ある。二人の性格が歪んでしまったのは仕方ないことだ。


 ノリノリな二人は頭痛の種だが、不穏な状況を打破するにはうってつけであった。


 二人は目星の兵士から情報を引き出した。


 それは、グランドールを陥れようと目論む王妃一派を糾弾できる証拠となる。



 王妃一派。グランドールの兄である第一王子、第二王子は、王位継承権、剥奪。離宮に監禁されることになる。ただ、わざと敗戦させようとしたなど、国民に知られては王家の評判もガタ落ちである。


 その為、対外的にはグランドールが王位継承権、第一位となったとされた。


 王妃に手をかした公爵家はとりつぶし、王妃は王が直接、手を下している。


 それぞれの末路は悲惨なものだった。


 心配されたグリッド国からの申し入れは、この件とは一切かかわりなく、本当に協力したいと申し出てきたのだ。


 全てがクリアになり、グランドールとバロックはグリッド国と協力関係を結ぶべく、二つの国の中継地点にあるシーラン国へと旅立っていった。



 王位継承権まわりのゴタゴタが片付き、アレグロは久しぶりに屋敷に戻ってきた。


(殿下が王位に就く環境は整った……だが……)


 彼自身の病のことがある。グリッド国と協力体制を結べば、一気に戦局は動くだろう。次に動くときは、戦を終わらせられるかもしれない。


 しかし、仮に戦が終わったとしても、問題がある。グランドールが王位に就いても、病気では治世は短いであろう。


(……殿下は病気のことをどう考えておられるのだろうか……)


 何か考えはあると思うが、それが何かアレグロには見当がつかなかった。


 はぁと、深いため息を何度もついていると、カノンがどうしたのですか?と、いつもみたいに絶妙なタイミングで声をかけてきた。


 憂いを知らない微笑みを見ていると、心が安らぐ。重くなった心を少しだけ渡したくなった。


 アレグロは無言でカノンを手招きすると、彼女をソファに座らせた。そして、ごろんと、彼女の膝の上に頭をおく。


 カノンは突然の行動に驚いていたが、ふふっと笑って頭を撫でてくれる。


「どうしたのですか? こんなに甘えて」


 甘えられて嬉しいのか、カノンの声は弾んでいる。柄にもないことをしていると思うが、こうしていると心地よいのだ。口にはしないが。


「……少し疲れたんだ。枕になってくれ」


「まぁ……ふふ。いいですよ。いつも、お疲れ様です」


 甘い声が耳をかすめて、ひくりとアレグロの耳が動く。


 こうして、カノンに膝枕をしてもらうなど、あの時、以来かもしれない。


 父を失い、泣けずにいた自分をカノンは隠して泣かせてくれた。


 あの時のように今も側に寄り添っていてくれる。カノンには感謝しかない。




 ――――だが。



 たぶん、恐らく近い未来。


 自分は彼女を泣かすだろう。


 グランドールの病のこともそうだ。なんて切り出せばよいのか分からない。


 それに、もしもすべてを終わらせる為に決戦があるのならば、自分は後ろで控えていられない。


 父の無念。兵士たちの無念。


 そして、前に出れなかった焦燥感がジリジリと胸を焦がしている。


 最愛の人を泣かしてでも、自分はきっと――


(――俺は本当に戦バカだ……)


 アレグロは謝罪するようにカノンの膝に顔を埋めた。

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