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わたしの愛しの頑固ジジイ  作者: 黒椿りすこ
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第三王子の変調②

 結局、アレグロとグランドールは、ギスギスした関係のまま時は過ぎてゆく。そして、関係は微妙なまま一年が経っていた。



 とある夜、カノンはカンカンに怒ったアレグロを見て驚いていた。顔を真っ赤にしていることはよく見かけるが、この顔はやるせなさも含まれているようで心配になった。


 カノンはイライラと足を揺らすアレグロの元に近づくと、声をかけた。


「どうかなさいまさたか?」


 アレグロは優しい声がけにも苛立ったままで、強い口調で言う。


「全く! 殿下もバロックも腑抜けておるわ! ……あの聖女に骨抜きにされよって!」


 久しぶりに聞く怒号にやや気圧されるが、カノンは背筋を伸ばしてアレグロから詳しい話を聞いた。


 グランドールが連れて帰ってきたメロという少女は、結局、唄を歌って兵士を癒す職についた。その彼女は唄歌い聖女と呼ばれ、兵士の癒しとなっていた。


 一方、彼女と同じ村から一人の若者が兵士となっていた。彼はディーンという名で、小柄な身にしては敵を的確に倒す強者だった。その彼はグランドールの命令で後方支援をしていた。


 だが、能力の高いものは前線にくるべきである。特にディーンは小柄な体と素早い動きで敵を倒せる。突破口を開く前線向きの兵士であった。


 メロとディーンは同じ村の出身なので、二人は顔見知りでは?と、アレグロは思っていた。そもそも、交流のない辺境の村から兵士になるものはでてこない。


 先にきたメロをディーンが追いかけてきた、と見るのが妥当だろう。


 グランドールはメロを連れてきた理由を言わないので、推測するしかないが、ディーンを後方支援に回すあたり、彼を死なせないようにしているのは明白である。


 聖女におねだりをされたか……聖女可愛さに同じ村の者を優遇しているのか……


 いずれにせよ、私情を挟んだ彼の配置には納得がいかなかった。


 それで、今日はキッパリとディーンを前に出すとグランドールとバロックに告げてきたのだ。


「あの方は無駄に死ぬことを美徳と思うなと、言われた。ディーンが出れば前線の生存率も上がるというのは、分かっておろうに……っ……バロックまでも殿下を諌めず、殿下の意向を組むように動いて、何をしておるのだ……!」


 メロたちがくる前の二年間。アレグロはグランドールとは反発しながらも、うまくやっているように感じていた。それが、今は歯車が噛み合っていない気がしてならない。


 カノンはアレグロの言葉を聞いてなんと声をかけてよいか躊躇った。


 詳しい事情は分からない。ただ、三人の関係がよくないものになってしまうのは、放っておけなかった。



 ***


 カノンは一人、茶葉の差し入れと称してグランドールに会いに行った。


 久しぶりに会った彼は、いつも通り毅然とした表情をしていたが、瞳がどことなく寂しげだった。それに手を怪我しているらしく、右手に包帯が巻かれていた。それが表情と重なって妙に痛々しい。


 カノンは怪我には触れず、いつもの調子でにこりと微笑んだ。


「殿下はわたしがブレンドした茶葉なら飲むと、バロックに聞いておりますの。だから、どっさり持ってきましたわ」


 小分けにされた茶葉を両手に抱えきれないほど持って見せると、グランドールは少しだけ口元に笑みを浮かべた。


「……そこに置いておいてくれ」


 笑顔が見れたことに安堵して、彼が指し示した机の上に小袋を置いていく。机は狭く小袋が落ちそうだ。丁寧に置いていると、声をかけられた。


「マグリットは怒っていたか?」


 静かに問いかけられ、カノンはアレグロの悲痛な顔を思い出す。カノンは姿勢を正して微笑んだ。


「あの人は殿下を息子のように、身近に感じてしまっているのです。だから、心配しすぎて声を荒げてしまうのですよ」


 そう言うと、グランドールは目を伏せる。


「……息子か……あいつの息子だったら、俺ももっと強くなれたかもしれないな」


 独り言のように呟かれた言葉の意味が分からず、カノンは小さく息を飲む。グランドールは細く長い息を吐き出した。


「……マグリットに伝えてくれ。確かにお前の言う通りだ。お前の言っていることは正論だとな」


 何かを諦めたような顔をされて、カノンは心配で眉尻をさげる。それが伝わったのかグランドールは、少しだけ口元に微笑を浮かべた。


「それにメロのことは案ずるな。俺とメロはどうにもならん。メロは俺の都合でそばに置いているだけだ。それだけは確かだ」


 結果だけを伝える言葉。それは信用できるとカノンは思った。彼の今までの行動は、自分達に向いていた。そこは揺るがないような気がしたのだ。


「わかりましたわ。でも……」


 自分はおばあちゃんだから、とついお節介なことを言ってしまう。


「少しは色を好んでもよいとわたしは思いますよ。この土地の女は強いですし、多少のことではへこたれません。殿下の心に寄り添える方が現れたらと、思っております」


 そう言うとグランドールが困ったように肩をすくめた。


「俺に色を好めなんて……そんなことを言うのはお前ぐらいだな」


「そうですか。わたしは殿下のおばあちゃんですから、ついつい差しでまがしいことを言ってしまいます。心配性なのですよ」


 ふふっと笑うとグランドールは儚い眼差しを向けた。色々、感じることはあるが、殺して振り払うような表情だった。


 カノンはどうしたのだろう?と、グランドールを見つめ返す。


 その時、小さな机に置かれた小袋がこてんと落ちた。



「カノン……お前は、もう俺に会いに来るな」


 びくりと体が震えてしまった。彼があまりにも強い意思をその瞳に宿していたから。


「この土地の者は強い。マグリットも、お前も……俺には眩しいくらいに強いんだ」


「……殿下?」


 グランドールがカノンを見据える。そこには憂いを凪ぎ払った冷徹な顔があった。


「――俺は戦を終わらせて王になる。お前たちが、剣なんぞ握れない国を作る。そのために、甘い考えは捨てる。だから、お前はもう俺のところに来るな」


 それはグランドールの切ない訴えだった。きっと、彼はカノンに無意識のうちに甘えていたのだろう。だから、年相応の顔を見せてくれた。その彼が甘えたくないと、カノンに訴えてきた。


 弱くなりたくない。

 強くあり続けたいと訴えてきた。


(……どうして、いつも殿下は、お一人になろうとするのかしら……)


 彼が背負うものをこちらに渡してくれればよいのに、と思ってしまう。夫も自分も細腕ではない。みんなで背負えば、荷物は軽くなるのに。


 切ない思いを抱えながら、カノンは落ちた小袋を拾い上げる。ほこりを払い、グランドールに近づいた。そして、笑顔で差し出した。


 命令なら自分は従うしかない。だが――


「殿下」


 小袋を彼の手のひらに置いて握りしめらせた。


「わたしはもうここには来ません。ですが、これだけは心に留めて置いてください」


 伝わるように笑顔を見せた。


「殿下は独りではございません。わたしも、夫も、バロックも、民も兵もいますからね。みんながいますからね」


 笑顔で思いを告げると、グランドールは息を飲んだ。すこし緩んだ表情。年相応の顔を見せてくれる。


「……あぁ。分かっている……」


 それを聞いてカノンは離れて頭を下げ、部屋を出た。



 ***


 部屋を出るとバロックが壁に背を預けて廊下で待っていた。カノンに気づいた彼は神妙そうな顔を崩し、笑顔を見せてくる。その笑顔もどこか寂しげだった。


 もしかしたら、バロックはグランドールが自分にあぁ、いうことを知っていてフォローするために待っていたのかもしれない。


 彼の少し寂しげな眼差しを見たら、そう思えてしまった。


(優しい子に育って。わたしは、傷ついてなんかいないのに)


 カノンは小さく息を吐いて、おどけたように肩をすくめた。


「殿下にもう来るなって言われたわ。わたしはお節介をしすぎたわね」


 バロックは笑顔をやめて、そんなことないと言う。何かを堪えるような顔をされて、そんな顔をしないでと言いたくなる。


 聞きたいことはたくさんあるが、言えないこともあるだろう。だから、息子を信じてエールを送る。


 カノンはバロックに近づいて、足の爪先を伸ばし、わしゃわしゃっと彼の頭を撫でた。


「ちょっ……母上っ……」


 慌てて離れるバロックがおかしくて、カノンはふふっと笑う。乱れた髪をそっと撫でて、元に戻した。


「殿下のこと、お願いね」


 そう言うと、バロックは何か言いたそうな顔をしたが、「わかっている」と言ったのみだった。カノンは肩で息をすると、母親らしく声をかけた。


「たまには帰ってらっしゃい。あなたの好きな1羽まるまる入ったチキンスープを作るから」


 バロックは困ったような顔をした。


「それは行きたいな……でも、ごめん。今、殿下のそばを離れるわけには行かないんだ」


 そう言われてもカノンはめげない。


「なら、届けに行くから」


 バロックは目を見開く。カノンは太陽のように笑った。


「あなたになら会えるでしょ? スープ作って持っていくわね。これから寒くなるし、たっぷり食べなさい」


 バロックは今度はさみしい笑顔は見せなかった。息子の顔をして、笑顔を見せてくれる。


「うん……ありがとう」


 返事を受けて、カノンはまたわしゃわしゃっとバロックの頭を撫でた。今度は文句を言われたが、彼は離れないでされるがままになっていた。


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